09 天璽瑞宝十種(あまつしるしみずたからとくさ)
柏手を打つ。
「皇御孫の吾、請い願い奉りて、天璽の瑞宝ここに集わむ! フルノミタマ!」
紡がれる言の葉に導かれるように、舜治の周りに幾つもの光の玉が現れる。それぞれが異なる色彩を放っていた。
光の玉は定位置があるのだろうか、頭上、胸元、手首の辺りへと落ち着く。光はやがて何がしかの形へと変わっていった。
一言一言区切りながら言霊が謳われ、その都度形を現した神宝がリンと鈴の音を鳴らしていく。
「ひと」
頭上に浮かぶ金色の鏡が――
「ふた」
頭上に浮かぶ蒼銀の鏡が――
「みつる」
首筋に巻く純白の比礼が――
「よ」
右耳に添う緋色の勾玉が――
「いの」
左耳に添う漆黒の勾玉が――
「むる」
右腕に巻く白黒縞の比礼が――
「ななと」
左腕に巻く赤白縞の比礼が――
「やいて」
臍の前で回る翡翠色の珠が――
「ここの」
臍の前で回る橙色の珠が――
「とおり!」
胸前に佇む薄紫色に輝く直剣が――
神宝を呼びし巫覡は捧げ持つように剣を掴む。
舜治やお千香の手にあった珠も一旦消え失せ、他の神宝とともに顕現していた。
剣を掲げる舜治の神気が爆発的に膨れ上がる。ここを起点に竜巻の発生を錯覚するかの神威の奔流だ。
巻き込まれないように下がっていたお千香は胸元で両手を組み、瞳を濡らしうっとりとした表情で見つめていた。こうなってしまえば何も心配いらない。密かに舜治ハイパーモードと名付けようか。
さすがの怨霊もこの光景に度肝を抜かれたか、しばし傍観するばかり。はたと気づいて幾条もの靄触手を繰り出した。押し潰すつもりで忌ま忌ましい光りあふれる霊媒師へ向ける。
今度はこちらが弾く番。全て見えないバリアに弾かれ霧散していく。
「ふるべ……」
「ぬし! まざか、熊野の大神の化身がぁ!」
怨霊の絶望色濃い咆哮。もはや瘴気は舜治の神気に飲み込まれ感じられなくなっていた。
「ゆらゆらと……」
舜治は応えない。表情も変えずに淡々と言霊を紡ぐ。
「ふるべ」
全ての神宝が輝きを増し、その光が掲げられた剣へと収斂される。
剣は光を刀身に乗せ、天にも届きそうなほど伸ばす。
「黄泉に帰りやがれ、怨霊!」
「こ、ごの怨み……晴らずまで……わぁ!」
舜治が八握の剣を振り下ろした。光の刃は怨霊を呆気なく両断する。
十種の神宝ひとつひとつの神威は神剣フツノミタマに遥か及ばない。しかし十種全てを収斂した力は桁が違う。積算ではなく乗算された威力はオーバーキル。
聞くに堪えない断末魔を上げ、怨霊は消滅した。
「ふう……」
舜治がため息をつく。にわかに全ての神宝が光の粒子となって消える。
お千香がそっと近づいてきた。
「お疲れ様です」
「ああ、疲れたよ」
舜治は寄り添う女の豊かな胸に顔を埋めた。一頻り感触と匂いを堪能して顔を上げる。
生地の色味から目立たないが、よく見るとあちこちに血が付いている。舜治のものだ。
「お千香も何か、その、済まなかったな……ありがとう」
「いえ、なんてことありません。あなたのお役に立てるなら」
喜色いっぱいの頬を寄せ、舜治のそれにピタリとつける。
「着替えがいるな……」
「今じゃなくても大丈夫ですよ。それに舜治も」
左袖が酷いことに。
「そうだな……引き上げようか」
「礼を言う」
お千香が頷こうとしたその時、かかる声があった。
二人が声のする方へ向くと、そこには大型の犬。いや薄茶と銀色に毛並み輝く狼だ。その体表から陽炎が立ち上っていることから、実体ではなさそうだ。
「山の精霊か?」
「敵意はなさそうです」
「当然だ。数百年に渡り蔓延っていた悪霊を退治してくれたものに、どうして害意を向けようか」
「いいってことよ。それにしても数百年か……そいつは不自由したろうな」
「待っていた。お前が来るのを……あやつを打ち祓うことができるものを、ずっと……」
狼が遠くを見る。見る先は過ぎ去った時か。
「たまたまだ。礼は受けたよ」
舜治は気にするなとばかりに手を振った。
「済まぬ」
「あの怨霊、知っているのか? その、正体とか」
「まさか、知らぬままで退治したのか?」
狼が器用に目を丸くする。
「ああ、うん。まあ」
「何と言って良いやら……まあ、良い。名は知らぬ。たしか皇子の一人であったわ……」
時の天皇家の皇子の一人。例に漏れず後継争いに敗北。このカシイノ村に流れ着き、後に憤死。
「……えーと、それだけ?」
今度は舜治の目が丸くなる。
お千香は頭痛がするのか、こめかみの辺りを擦っていた。
「うむ」
狼は鷹揚に頷く。
げに恐ろしきは人の妄執か。
「わかったよ……これからも山と里を見守ってくれ」
「承知している……改めて礼を言う」
山の守護精霊はそう言うと霞となって消えていった。
「知らないままのほうが良いことって、あるよな……」
「そうですね」
鳥居の下には元村長の一団がいた。誰も立てずにいる。表情だけは死屍累々と言っていい。
「撃たれるって痛いね、村長さん。鉄砲は人に向けちゃダメって教わらなかった?」
「仕方なかった、仕方なかったんじゃ。ごりょうさんが……ごりょうさんが」
人を食ったような笑顔で優しく諭す舜治に、村長は土下座で応戦する。
「まぁ、わからんでもないけどね」
「なんて寛容な。全員今すぐ焼き払ってもいいんですよ? 舜治、許可をいただけますか? 焼き払ってもいいですよね」
村人はこぞって震え上がる。目の前で鉄砲撃ちが灰となったのを思い出す。
「落ち着け」
舜治は血気に逸る妖姫の手をとり、二度強く握る。
「もうごりょうさんはいない。どこにもだ。二度と現れることもない。これからは安心して暮らすといい。山の神様の守護も蘇る。村の淀んだ空気も洗い流されるはずだよ」
村長はガバっと面を上げ、感謝を述べて平伏に戻った。
同様の姿勢をとるものや手を合わせる村人たち。
そんな光景を目の当たりにし、舜治は表情を曇らせる。
「何人か、死なせてしまった……」
「舜治のせいではありません。全ては怨霊のせいですから」
「わかってる……わかってるよ」
二人だけで聞こえるように話す。
割り切れないものが舜治に残った。一般人の心の有り様は失っていない。そして失いたくない。
「共に背負います。私の主様」
お千香がギュギュっと二度手を握り返す。
「いい女だな……ん?」
見つめ合おうとした舜治の視界にあるものが映る。
「どうしました?」
接吻のタイミングだと目を瞑ろうとしたお千香もその先を見やる。
「あ……」
未だ横たわる長田の姿がそこに。
長田を叩き起こし経緯を話そうとした際、勇んだ長田が舜治の傷口を掴んでしまい、舜治が飛び上がる。魔女の鉄槌が見舞われ、再度長田の意識がなくなる騒ぎがあった。
漸くライトバンが動き出す。高原の町までは戻りたい。村に宿はなく、今更村長の家には泊まれない。
甘党の運転手は着くまで凶悪な甘い空気に当てられ、当分コーヒーはブラックでいいという思いにさせられていく。
「ホテル、空いているといいですね」
「そうだな……観光地だし、ペンションなんかもありそうだった」
「ペンションは美味しいご飯を出してくれるイメージがあります」
「素泊まりしかなかったら、昼間のオープンカフェでもいいかもな」
「あのお店は美味しかったですね。他にも食べてみたいメニューがありました」
「そうだな……でも、今夜はゆっくりしたい」
「ふふ、ちゃんと寝かせてあげます。でも明日は土産物を見て回りましょう」
「何か、目ぼしいものあったっけ?」
「なっちゃんにあげるお土産を選びます」
「そうだな、それはいい」
「あの子は何を喜んでくれますかね」
「それを考えて見て回るのが楽しいんじゃないか。あの笑顔を想像しながらさ」
「いいこといいますね。今からワクワクします。ところで、傷はどうですか?」
「まだ痛いな……」
「さっき無駄に掴まれたせいですね。酷いことします。とても許せません」
「俺のことぶん殴っておいて、よく言うぜ」
これにて今編最終話となります。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました。




