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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
限界集落の怪編
19/101

09 天璽瑞宝十種(あまつしるしみずたからとくさ)

 柏手を打つ。


皇御孫(すめみま)(あが)()い願い(たてまつ)りて、天璽(あまつしるし)瑞宝(みずたから)ここに(つど)わむ! フルノミタマ!」


 紡がれる言の葉に導かれるように、舜治の周りに幾つもの光の玉が現れる。それぞれが異なる色彩を放っていた。

 光の玉は定位置があるのだろうか、頭上、胸元、手首の辺りへと落ち着く。光はやがて何がしかの形へと変わっていった。


 一言一言区切りながら言霊が謳われ、その都度形を現した神宝がリンと鈴の音を鳴らしていく。


「ひと」


 頭上に浮かぶ金色の鏡が――


「ふた」


 頭上に浮かぶ蒼銀の鏡が――


「みつる」


 首筋に巻く純白の比礼が――


「よ」


 右耳に添う緋色の勾玉が――


「いの」


 左耳に添う漆黒の勾玉が――


「むる」


 右腕に巻く白黒縞の比礼が――


「ななと」


 左腕に巻く赤白縞の比礼が――


「やいて」


 臍の前で回る翡翠色の珠が――


「ここの」


 臍の前で回る橙色の珠が――


「とおり!」


 胸前に佇む薄紫色に輝く直剣が――


 神宝を呼びし巫覡は捧げ持つように剣を掴む。

 舜治やお千香の手にあった珠も一旦消え失せ、他の神宝とともに顕現していた。

 剣を掲げる舜治の神気が爆発的に膨れ上がる。ここを起点に竜巻の発生を錯覚するかの神威の奔流だ。

 巻き込まれないように下がっていたお千香は胸元で両手を組み、瞳を濡らしうっとりとした表情で見つめていた。こうなってしまえば何も心配いらない。密かに舜治ハイパーモードと名付けようか。


 さすがの怨霊もこの光景に度肝を抜かれたか、しばし傍観するばかり。はたと気づいて幾条もの靄触手を繰り出した。押し潰すつもりで忌ま忌ましい光りあふれる霊媒師へ向ける。

 今度はこちらが弾く番。全て見えないバリアに弾かれ霧散していく。


「ふるべ……」


「ぬし! まざか、熊野の大神の化身がぁ!」


 怨霊の絶望色濃い咆哮。もはや瘴気は舜治の神気に飲み込まれ感じられなくなっていた。


「ゆらゆらと……」


 舜治は応えない。表情も変えずに淡々と言霊を紡ぐ。


「ふるべ」


 全ての神宝が輝きを増し、その光が掲げられた剣へと収斂(しゅうれん)される。

 剣は光を刀身に乗せ、天にも届きそうなほど伸ばす。


「黄泉に帰りやがれ、怨霊!」


「こ、ごの怨み……晴らずまで……わぁ!」


 舜治が八握(やつか)(つるぎ)を振り下ろした。光の刃は怨霊を呆気なく両断する。

 十種(とくさ)の神宝ひとつひとつの神威は神剣フツノミタマに遥か及ばない。しかし十種全てを収斂した力は桁が違う。積算ではなく乗算された威力はオーバーキル。


 聞くに堪えない断末魔を上げ、怨霊は消滅した。


「ふう……」


 舜治がため息をつく。にわかに全ての神宝が光の粒子となって消える。

 お千香がそっと近づいてきた。


「お疲れ様です」


「ああ、疲れたよ」


 舜治は寄り添う女の豊かな胸に顔を埋めた。一頻(ひとしき)り感触と匂いを堪能して顔を上げる。

 生地の色味から目立たないが、よく見るとあちこちに血が付いている。舜治のものだ。


「お千香も何か、その、済まなかったな……ありがとう」


「いえ、なんてことありません。あなたのお役に立てるなら」


 喜色いっぱいの頬を寄せ、舜治のそれにピタリとつける。


「着替えがいるな……」


「今じゃなくても大丈夫ですよ。それに舜治も」


 左袖が酷いことに。


「そうだな……引き上げようか」


「礼を言う」


 お千香が頷こうとしたその時、かかる声があった。

 二人が声のする方へ向くと、そこには大型の犬。いや薄茶と銀色に毛並み輝く狼だ。その体表から陽炎が立ち上っていることから、実体ではなさそうだ。


「山の精霊か?」


「敵意はなさそうです」


「当然だ。数百年に渡り蔓延(はびこ)っていた悪霊を退治してくれたものに、どうして害意を向けようか」


「いいってことよ。それにしても数百年か……そいつは不自由したろうな」


「待っていた。お前が来るのを……あやつを打ち祓うことができるものを、ずっと……」


 狼が遠くを見る。見る先は過ぎ去った時か。


「たまたまだ。礼は受けたよ」


 舜治は気にするなとばかりに手を振った。


「済まぬ」


「あの怨霊、知っているのか? その、正体とか」


「まさか、知らぬままで退治したのか?」


 狼が器用に目を丸くする。


「ああ、うん。まあ」


「何と言って良いやら……まあ、良い。名は知らぬ。たしか皇子(みこ)の一人であったわ……」


 時の天皇家の皇子の一人。例に漏れず後継争いに敗北。このカシイノ村に流れ着き、後に憤死。


「……えーと、それだけ?」


 今度は舜治の目が丸くなる。

 お千香は頭痛がするのか、こめかみの辺りを擦っていた。


「うむ」


 狼は鷹揚に頷く。

 げに恐ろしきは人の妄執か。


「わかったよ……これからも山と里を見守ってくれ」


「承知している……改めて礼を言う」


 山の守護精霊はそう言うと(かすみ)となって消えていった。


「知らないままのほうが良いことって、あるよな……」


「そうですね」



 鳥居の下には元村長の一団がいた。誰も立てずにいる。表情だけは死屍累々と言っていい。


「撃たれるって痛いね、村長さん。鉄砲は人に向けちゃダメって教わらなかった?」


「仕方なかった、仕方なかったんじゃ。ごりょうさんが……ごりょうさんが」


 人を食ったような笑顔で優しく諭す舜治に、村長は土下座で応戦する。


「まぁ、わからんでもないけどね」


「なんて寛容な。全員今すぐ焼き払ってもいいんですよ? 舜治、許可をいただけますか? 焼き払ってもいいですよね」


 村人はこぞって震え上がる。目の前で鉄砲撃ちが灰となったのを思い出す。


「落ち着け」


 舜治は血気に逸る妖姫の手をとり、二度強く握る。


「もうごりょうさんはいない。どこにもだ。二度と現れることもない。これからは安心して暮らすといい。山の神様の守護も蘇る。村の淀んだ空気も洗い流されるはずだよ」


 村長はガバっと面を上げ、感謝を述べて平伏に戻った。

 同様の姿勢をとるものや手を合わせる村人たち。

 そんな光景を目の当たりにし、舜治は表情を曇らせる。


「何人か、死なせてしまった……」


「舜治のせいではありません。全ては怨霊のせいですから」


「わかってる……わかってるよ」


 二人だけで聞こえるように話す。

 割り切れないものが舜治に残った。一般人の心の有り様は失っていない。そして失いたくない。


「共に背負います。私の主様」


 お千香がギュギュっと二度手を握り返す。


「いい女だな……ん?」


 見つめ合おうとした舜治の視界にあるものが映る。


「どうしました?」


 接吻のタイミングだと目を瞑ろうとしたお千香もその先を見やる。


「あ……」


 未だ横たわる長田の姿がそこに。



 長田を叩き起こし経緯を話そうとした際、勇んだ長田が舜治の傷口を掴んでしまい、舜治が飛び上がる。魔女の鉄槌が見舞われ、再度長田の意識がなくなる騒ぎがあった。

 漸くライトバンが動き出す。高原の町までは戻りたい。村に宿はなく、今更村長の家には泊まれない。

 甘党の運転手は着くまで凶悪な甘い空気に当てられ、当分コーヒーはブラックでいいという思いにさせられていく。


「ホテル、空いているといいですね」


「そうだな……観光地だし、ペンションなんかもありそうだった」


「ペンションは美味しいご飯を出してくれるイメージがあります」


「素泊まりしかなかったら、昼間のオープンカフェでもいいかもな」


「あのお店は美味しかったですね。他にも食べてみたいメニューがありました」


「そうだな……でも、今夜はゆっくりしたい」


「ふふ、ちゃんと寝かせてあげます。でも明日は土産物を見て回りましょう」


「何か、目ぼしいものあったっけ?」


「なっちゃんにあげるお土産を選びます」


「そうだな、それはいい」


「あの子は何を喜んでくれますかね」


「それを考えて見て回るのが楽しいんじゃないか。あの笑顔を想像しながらさ」


「いいこといいますね。今からワクワクします。ところで、傷はどうですか?」


「まだ痛いな……」


「さっき無駄に掴まれたせいですね。酷いことします。とても許せません」



「俺のことぶん殴っておいて、よく言うぜ」

これにて今編最終話となります。

ここまでお読みいただきましてありがとうございました。

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