08 戦慄!ごりょうさん
飛び出して宙に浮かぶそれは焼け焦げた石だった。煤塗れで元の色などはわからない。爆発の衝撃か、所々に亀裂が入っている。
先ほどの爆発で有耶無耶になっていたが、石が露見してから瘴気が濃くなっていた。祠の注連縄にも抑える効果があったようだ。
亀裂は間もなく満遍なく広がり、乾いた音を立て石は爆散した。
「ご登場か。噂のごりょうさん」
「空気が重くなっていきます」
「さて、何が出てくるやら」
抱き合ったまま巫覡と飛縁魔が光景を見上げる中、石の中にいたであろう何かが白い靄となってそこに存在していた。
夕闇迫りながらもはっきりと視認できる。あれだけ黒い瘴気を放っていたのに中身は白い。
靄は次第に人の顔を形づくる。
声なき咆哮、苦悶の表情。
人相から性別はわからない。
やがて眼下に一組の男女を見る。
表情が苦悶から憤怒へと変わる。
見る者全てを絶望の淵へ落とすかのごとく憎悪の篭った眼。
「怨念の塊です。悍ましい」
舜治を抱くお千香の腕に力が入る。さすがの妖姫も逃げ出したい思いで一杯だ。
舜治は平常、涼しい顔でいる。
「怨霊ね……だから、ごりょうさんか……」
「わかるのですか?」
「誰なのか、まではわからんよ」
ごりょうさんは御霊さん。御霊は怨霊。至ってシンプルな図式だった。
強弱はあれど、怨み辛みの思いを拗らせた成れの果てなど珍しいものではない。勿体ぶってた割にはある意味拍子抜けの感は否めない。
ならば祓うまで。
「お千香、火だ。撃て!」
焔魔はノータイム。小ぶりな火球が七つ、二人の周りに発現し怨霊目がけて放たれる。
そして全弾突き抜け、素通りしていった。
お千香は火球を操り幾度と攻撃を仕掛けるも徒労に終わる。
「効かないか。楽に終わりたかったのにな」
「やはり霊体ですね」
自分の炎が効き目なくともお千香はあまり気にしていなかった。元々物理的に通じないモノには通じない類の能力だったから。
それでも怨霊は攻撃されたことがわかったようで、憤怒の相をことさら強めていく。
後ろの鳥居周辺では悲鳴の合唱が始まっていた。
それが怨霊の目に留まる。
人面靄から触手のように靄が伸びていく。その先は村人溜まり。靄触手が村人をひとりふたりと絡めとる。人の体が重力を無視して簡単に持ち上がっていった。
見逃された者達は絶望の表情で見上げることしかできない。
「うわぁ~!」
「お助けください、ごりょうさぁん!」
引き寄せられ手足をバタつかせる老人二人を、怨霊が口を開けて飲み込もうとしていた。履物が放り出され放物線を描く。
「む、まずい!」
舜治は右手に剣印をつくり雄詰の禊祓えを遂げる。
「イーーッエーーッ!」
虚空の剣が振り下ろされ、見えない剣圧が飛ぶ。
ギィンと金属のギア鳴りのような音が鳴り、怨霊の顔前で火花が散る。
「弾いた!」
「そんな……」
うまく力を揮えなかった頃の舜治には経験あったことだが、お千香は初めて目にする驚愕の結果。
邪霊魔障を切り裂く物部神道必滅の祓えの術だ。まして使い手は最強巫覡。一門の人間が見ていたのならば卒倒するほどの現実。
敵は強い。
老人二人が飲み込まれてしまう。靄の中に人影は見えない。まるで消化されてしまったかのようだ。それが正解なのか怨霊が放出する瘴気のプレッシャーがどんどん強まってくる。
怨霊は舜治とお千香を睨む。
今度こそ靄触手が二人を襲う番。
お千香は淀みないバックステップで、舜治はややもたつきながら下がる。二人のいた場所に土煙が舞う。
こちらの物理的な攻撃が通じないのに、逆は有りとは。
「生贄で強くなるとか、反則だろ」
そう言いながらも舜治の頬は上がっていく。ここに来て闘争心が高まっているのか。もうお互い見逃すことにはなりそうもない。
「牽制します。その間に」
舜治と一緒にいること、睦み合うこと、役に立つことを無常の喜びとする女化生が前に出る。
「お千香、これを持ってけ。道返だ。無茶はするなよ。玉の効果も絶対ではないからな」
舜治がどこからか出した橙色の珠玉を握らせる。
「はい、ありがとうございます。ではいきます」
言うが早いか、お千香は地を蹴り宙に踊りだす。
怨霊の顔前に飛び込んだかと思えば離れ、靄触手を誘うよう飛び回る。そうなると怨霊は飛縁魔しか目に入らない。
人面靄は苛立ちから何度も表情を歪ませ吠えた。音のない咆哮はその都度お千香の動きを鈍らせ、躱しきれない触手を掠らせる。
しかし手にある珠玉が光る度に触れた触手が霧散した。
表情に焦りの色はなく、これだけのドッグファイトをしてもスカートは翻らない。
そこまで見納め舜治はお千香から目を離す。
両手を上げ深く息を吸い、その吸気が臍の辺りで渦巻くイメージを強くする。
黒い瞳が僅かに銀色の光を放つ。
「生玉! 死辺玉!」
舜治の右手には緋色の勾玉、左手には漆黒の勾玉が顕れる。いずれも手中に収まり握りこめる大きさ。
再び雄詰の構えをとる。目標は勿論怨霊。急がなければお千香もいつまで保つかわからない。
果敢に舞うお千香の離れるタイミングに合わせ――
「イーーッエーーッ!」
パキンと乾いた音が鳴る。
「グギィアァァー―!」
怨霊が初めて耳に届く声を上げた。とても人間では出せない音声の悲鳴。
気吹により高められた神気。二つの勾玉による底上げ。先ほどとは比べ物にならない威力で人面靄を切り裂いたのだ。
「これは効いたろうが!」
「やりましたね!」
してやったり顔の舜治の元へお千香が舞い降りる。微笑む様は天女の如し。
「だが、一撃ではいかんかったか……」
「えっ?」
靄が再び人の顔に戻っていく。
「うぬら……何者じゃ」
だみ声が耳にざらつくよう。また表情が無くなったことで不気味さに拍車がかかる。
これ以上付き合う気になれないと、舜治が柄にもなく激する。
「問答する気は無い! もう出し惜しみはしないからな! 死んだヤツがいつまでも生きてる人間に迷惑かけてんじゃねぇぞ!」
人差し指を突きつけた。
次話「限界集落の怪編」最終話。
楽しんでいただけたら幸いです。




