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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
限界集落の怪編
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07 飛び焔魔

「助けてもらってばっかりだな。お千香に頭上がらんくなりそうだ」


「あら、私の言いなりになってくれるんですか?」


 目にも留まらぬ速さでバックステップし、舜治に並ぶお千香。

 顔を覗きこみ、表情に陰りが無いことを確認して安堵する。


「今も似たようなもんだろ」


「そうですか? ……そうですね」


「さて……」


 見ると生き残り三人は機を計り祠の前に移動していた。壁を作るつもりか、バットを構え虚勢を張る。


「化け物め!」


「く、来るな!」


 対話の余地はない。ならば――


「お千香、祠目がけてぶっ放せ。最大火力だ」


「あの人達、死にますよ?」


 火を放つ妖怪は軽く問う。もとより見つめる男の生死以外は頓着しない。

 見つめられている男は人差し指を天に指す。


「上から狙えばいいだろ」


 意を汲んだ瓜実(うりざね)顔が口元を歪ませた笑みを見せた。



 お千香は僅かに身を沈めてから垂直に跳び上がる。

 電柱より高いだろうところに滞空していた。これで祠までの射線上に遮るものはない。

 地上にいる者からは見えていないが、普段は濡れて光る黒い瞳が緋色に輝いていた。


「飛んでるぞ!」


「やっぱりバケモノだ!」


「どうする? に、逃げるか?」


 祠を背にした作業服たちが目の前の非常識に狼狽える。

 あの女はどこからともなく炎を出して投げつけ、更に空を飛んでいるのだ。


「ば、馬鹿! ごりょうさんのほうが恐ろしいに決まってんだろ!」


 年長の男が踏みとどまるよう叫ぶ。自分だって逃げ出したい。そんな自分自身にも言い聞かせるように。そう、後ろには絶対的に逆らえない存在が。


 しかし状況は男たちに優しくない方向へ傾いていく。

 お千香の翳す手の上方に二メートル大の火球が燃え盛っていた。膨れ上がる妖気が激しく髪を揺らす。不思議とスカートは翻らない。

 やがてその手をゆっくりと目標へ向ける。


 振られた手の速さに反し、火球は野球投手の豪速球かくやの速度で飛んで行き――


 爆発音と爆風が席巻する。


 バットを構えていた男たちは逃げることも叶わず吹き飛ばされ地面を転がっていく。

 舜治は予め片膝をつき顔前に十字受けの構えで備えていたため無事。元から倒れていた長田には影響がなさそうだ。

 かつて祠であったものはいい勢いで燃えているが、周辺の藪や木立に延焼はしていない。お千香に制御されている。最大火力で、と言われたが実は余裕があった。一球の火力は先の通りで最高だが、その数は十までいける。


「放火で通報されそうだな……」


 舜治が立ち上がり燃え上がる炎を見つめる。大麻を燃やしていた篝火も吹き飛んでしまっていることも確認できた。

 愛しい女を見上げる。


「よくやったよ、お千香。降りておい――」


 言い切らないその時、銃声が響く。


「っが!」


「舜治!」


 空に浮かぶお千香が目にしたのは倒れこむ舜治の姿。倒れいく様はスローモーションに映っていた。一瞬で血の気が引く。

 すぐさまその傍らに降り立ち抱き起こす。


「舜治! 大丈夫ですか?」


「俺……撃たれたのか?」


 顔が苦痛に歪む。


「見せてください」


 左の上腕部から出血していた。着弾せずに掠めただけのようだが、傷口は抉れている。頭や内蔵に被弾していたらとゾッとする。

 お千香は傷口に口をつけ、流れ出る血を全てすすり上げていく。


 その最中、再度銃声が轟く。

 舜治を庇う格好のお千香の背中で鈍い音がする。そして弾丸が溢れるように落ちた。

 血をすする妖姫は意に介さない。仕上げとばかりに傷全体を舐めあげる。

 すると抉れた肉は戻っていないものの、出血は止まり傷口は薄膜が覆っていた。

 お千香は一先ず安堵し、銃声のした方向を睨みつける。


「確かに命中したはずぞ?」


「さっき、空を飛んでおらんかったか?」


「モノノ怪じゃあ!」


 鳥居の辺りに人集りがあった。先ほどのお茶会で見た顔もある。その先頭には片膝立ちで猟銃を構えている者がいた。日頃は畑を荒らす猪でも撃つのだろう。


「ごりょうさんになんちゅうことを! 村が滅んだらどうする気じゃ!」


 元村長が吠える。他の者たちも殺気立っているようで、口々に非難の声が上げられていく。


「知ったことじゃぁありんせん」


 舜治のもう大丈夫だ、との言をとり、お千香がゆらりと立ち上がる。


「ぬしら……わっちのいい人に傷をつけてくれんしたえ。三途の川の渡し賃、持っておりんすか?」


 口調が変わっていた。それよりもその容姿が――

 瞳は煌々と緋色に輝き、血に濡れる唇が開かれ伸びている犬歯を剥く。

 妖艶にして凄惨な美しさを醸し出していた。

 そして膨大な妖気が(ほとば)り、交じり合う殺気。祠から湧いていた瘴気なぞそよ風と思えるほどの圧力だ。


 追撃の銃声。猟銃を構えた男は堪え切れずに引き金を絞ったのだった。

 弾はお千香の豊かな胸元に当たる。しかし彼女は微動だにしない。埃でも払うように胸元撫でると一発の弾丸が地面に落ちる。


主様(ぬしさま)に買っていただいたお洋服……二つも穴が開いてしまいんした。命で償ってくんなまし」


 途端に撃った男が燃え上がる。村人たちが慌てて距離を置き、何人かは逃走していった。腰を抜かし動けないでいる者も多い。


――まずい……ハイパーモードか。


 己が足で立ち、舜治は腕をさすりながら豹変したお千香を見て呟いた。

 この状態は過去に二度見ている。いずれも舜治が怪我を負わされた時だった。二度目の折、勝手にハイパーモードと名づけていた。バーサークでも良かったかもしれない。

 かつての惨状を思い出し、止めようと踏み出す。このままでは魔女の鉄槌どころの騒ぎではなくなるのだ。


「お千香……いつもの可愛らしいお千香に戻れ。なあ、お千香」


 背後から腹部に右手を回し抱き寄せる。左腕はまだ痛い。


「主様?」


 首だけ捻じり目を合わせる。


「わっちは……わっちは……」


 舜治はお千香の髪から覗く耳に息を吹きかけた。


「可愛いお千香……そんな顔をしない」


 胴に回された手を一度握ってから猛る妖姫は向き直り、主様の胸に顔を埋める。


「ごめんなさい……嫌いにならないでください」


「そんなこと、あるわけないだろ。ほら、笑って」


 痛む左腕を押して頭を撫でる。

 この非常事態に甘々な空気を纏う二人。

 鳥居周辺に残っていた村長一同が、いろんな意味でこのありえない状況に呆気に取られるのは無理もないことだった。


 そんな時――

 いまだ炎を上げる祠であった場所から、崩れたであろう大きな音が鳴る。

 桃色カップルが揃って視線を向けると、何か上方へ飛び出すのが見えた。



 長きに渡りカシイノ村を(さいな)んでいた災厄が顕在する。

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