05 それぞれの思惑
「それで、おんしらは村に何しに来たんじゃ?」
幾分落ち着いた頃、年寄りの一人が直球を投げてきた。この屋敷の家主にして合併前までの村長を務めていた老爺だった。舜治の隣で腰を下ろしているが、背筋が伸び弱々しさは感じられない。
「あ~私は大学の研究員なんですよ。民俗学を研究していまして、山間の村に埋もれている昔話や民謡なんかを収集しています。その二人は協力してくれている学生です」
長田がスラスラと答える。
そんな打ち合わせはしていない。舜治は密かに感心した。あとはお千香が空気を読んでくれれば――
隣の老婆と談笑が続いていた。心配なさそうだ。
「昔話なぁ……」
「何かありませんかね? 他に、こう、云われのある神社とか?」
長田の細目が薄く開く。
「特に無いわなぁ」
「……そうですか」
どうやら山裾の祠について話す気はなさそうだ。あくまでも村の秘事ということか。
ここでごりょうさんの名を出すことは避けるべきだろう。
「……先輩、ずいぶんなおもてなしもいただきました。そろそろお暇したほうがいいんじゃないですか? 町まで帰る時間を考えると、村をひと廻りするのがやっとだと思いますよ」
舜治が湯呑みを置きながら提案する。ここでこれ以上拘束されることは好ましくない。
「ああ、そうだねヒガシ君。明日、ゆっくりと時間をとろうか」
明日、と長田が口にした瞬間老人たちの空気が変わる。作り笑いには見えなかったその顔から表情が消えていた。
「どうされました?」
お千香が無邪気に問いかける。
「ん~ああ、何でもなぁよ」
老人たちは柔和な顔へと戻っていた。お千香効果と言えようか。
例のお祭りとやらはやはり明日か、と巫覡二人は繋がりそうな糸を掴んだ。しかし、ここで年老いた面々を締めあげてもいいものか迷う。
特に舜治は。
霊障相手に切った張ったはお手のものだ。されど人間相手にそう殺伐と手を振るうことは躊躇われる。高校生までは普通のど真ん中を歩いて来た身なのだから。
お千香が問いたげに視線をくれるが、この場で口頭指示はできない。ウインクひとつ返した。それでおおよそ通じるはずだ。
「そうですか。お名残り惜しいですが……」
そう言ったお千香が立ち上がり、優美に一礼した。皆が見惚れてしまい――
女性にしては上背があることも手伝って、図らずと周りの老人たちは威圧されてしまう。誰からも引き止める言葉が出ない。
「失礼いたしますね。また寄らせていただく機会があるかもしれません。その時は、またお話ししてください」
含みを持たせた効果的な一言を残し車へ向かった。舜治と長田が礼もそこそこに後を追う。
威圧を解かれた元村長がその背に向かって声を張った
「暗くなるまでに帰れんようなら、ここへ来んさい! 泊めてやるからの!」
「ありがとうございます!」
そして車内。
「お千香、腹芸もできたんだな。いい仕事をしたぞ」
舜治がいい顔で褒める。あの場の空気をコントロールしていたのはお千香だった。
褒められた方はやや複雑な表情だ。人差し指で舜治の腿をつつく。
「腹芸ってなんですか! 褒めるなら、もっと愛情込めて褒めてください」
誤魔化し常套手段の頭撫でを繰り出す。
「もう!」
「お二人さん、いちゃつくのは後にしてくれ。ちょっと、後ろを確認してくれるかい?」
運転手が口を挟む。放射状の道でルートに迷うため余裕がなさそうだ。
ご丁寧に二人揃って後ろを見る。もう屋敷は見えない。田舎道と家屋がちらほら。あとは畑。
「何もないが?」
「……尾行されるかと思ったんだけどねぇ」
「ああ、そうだよな……気付かなかったわ」
やはり使えるやつだな、と長田の評価が舜治の中で地味に上がっていく。
「それでどうしようか? さすがにあれは予想してなかったからねぇ」
長田は先ほどまでの情景を思い出し苦笑する。確かに漬物は美味かった。
「二人とも、毒が入ってるとか思わなっかったのかよ? 出されたものにほいほい手を出して」
その点を警戒していたのは舜治だった。やはり生身が平凡ならではだ。
「匂いでわかります」
「その辺は見ればなんとなく……」
お千香、長田と耳を疑うような答え。
だがお千香は老人たちの表情の裏を探っていた。笑顔が仮面かどうか。
「あの方たちが悪人とは思いたくありません……ですが、操られているわけではなさそうでした……残念です」
俯く美の化身は正直言うと先の歓談が楽しかった。歓迎ムードに嘘はなかったと思える。しかし――あの一瞬の表情変化。判定は黒と出る。
「そうだな……いい爺さん婆さんだったよ。ごりょうさんとやらがなければ良かったんだろうな」
舜治も父方母方ともに祖父祖母がおらず、孫の疑似体験ができた気分だった。
車内の空気が湿気って来るように思える。
「長田さん、もう行方不明の捜索なんてできないだろ。このままあの祠に行かないか」
「了解だ」
翌日に持ち越して騒動が大きくなるのは既に学んだ。今回は特にそうなるだろう――そして事態は呆気なく転がっていく。
■ ■
「ええ若者じゃったのぅ。孫が来ても、あんな風に話ししてくれんじゃろ」
「あげな別嬪見たことあらん」
「なんも、今、来んでもなぁ……」
舜治たちを見送った老人一同は溜息の合唱だ。
年若い者達と茶を飲み、語らい、笑ったのはいつ以来だったろう。
「言うな……こないだ来とった奴の一味やもしれん。よそもんが続けて村に来るってことは、そういうこっちゃ」
元村長の口も重い。好き好んではいない。
事は村ぐるみだ。大げさに言えば、長年の仕来たりが村の存亡に関わる。どの道直下的な人口減少により集落として限界を迎えているのだが、それとこれとは別らしい。
「それにしても、どっから漏れたんじゃろうのぅ」
「今は、いんたらなんとかっちゅもんで、世の中わからんことがないらしいで……」
「何でもわかるんか? ほいだら、ごりょうさんのことバレバレか?」
そんなことはない。
「祠番のもんに連絡せんとな……篝火焚かせといたほうがええじゃろ」
元村長が屋内に入っていく。電話をかけるようだ。
「そうじゃな……」
「ごりょうさんのため……仕方ないわなぁ……」
集っていた老爺老婆はひとりふたりと散っていった。
陽は傾き始めていく。
間もなく逢魔が時……




