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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
限界集落の怪編
14/101

04 カシイノ村

「崖崩れなんかがあると帰れなくなりそうですね」


「バカ、そういうこと言うなって!」


「あら、怖いんですか? らしくないですね」


「そうじゃねぇっての」


 窓から見える風景に無邪気な感想のお千香。隣に座る愛しい男の手を握り、(おもて)にかかる髪を嬉しげに揺らす。

 舜治は慌てて止めにかかった。そのフラグだけは回避せねばならない。

 舗装とガードレールはあるものの、法面はほぼ岩であり、崖下はかなり深い。カシイノ村へはこの一本道しかないらしく、どこかで寸断されるとすぐに陸の孤島となる。


 そんな道を長田の運転するライトバンが走る。

 バカップルは後部座席で車窓を眺めていた。やり取りはいつもの様に。

 バスなら二時間でも、車ならば一時間半ほどとのこと。道中二つの山に挟まれた谷間に家屋が数軒見えたが、誰も住んではいないようだった。寂れっぷりが加速していく。


「なあ、向こうに着いたらどうすんの? アテとかあったりする?」


 前席に問いかけた舜治はフィールド調査などには向いていない自覚がある。まして閉鎖的な寒村だ。村人に話しかける自信もなかった。


「う~ん、行き当たりばったり? ヒガシ君、一望したらビビッときたりしないもん?」


 酷い答えが返ってくる。乗り心地の悪い車をそうとは感じさせない運転を見せる長田も、正直なところ指針が定まらないでいた。


「最低です」


「まったくだな」


「これは手厳しい」


 長田は臆面もなく返せるようになっていた。


「俺は行方不明のやつを捜すから、ヒガシ君は例の祠をあたってもらいたい。どうせ、村人から聞き出せることなんてないだろうからね。無理に聞きまわったら、碌なことにならないんじゃないかな」


 先発の調査員は何一つ聞けずに行方不明だ。


「そうか……わかった。お千香もそれでいいかい?」


「お任せします」


 そうだろうね、と舜治は声に出さずに呟いた。そしてすべすべとした彼女の白い手を擦るのだった。



 やがて白いライトバンは崖上の待避所で止まる。

 運転手に促され、二人も降りた。


「あれがカシイノ村だよ」


 長身が指し示す先に集落が見える。

 標高差がかなりあるため、家々はまだ小さい。しかし村の中心と思しき大きな屋敷が目を引く。かつての庄屋だろうか。不思議なことにその屋敷を中心に放射状に道路が広がっていて、それに合わせて各家が所在している。


「妙なつくりの村だな」


「日本ではこういう農村をまず見ないね」


「ふん……しかし、長田さんよ、あんた、ここに来るの初めてか?」


 舜治は隣の男を見上げる。見下ろされる格好が癪に障るようだ。

 問われた長田は細目を片方だけ開け、人差し指を立てる。


「朝一で下見をね。村の中には入ってないよ」


「そうかい……その時、あれには気が付かなかったのか?」


 舜治は視線を村へ戻すと、ある一点を凝視する。


「なるほど……これは、あれですね」


 応えたのはお千香。見据えるはここより屋敷を真っ直ぐ超えた先、山の麓。


「見えるか?」


「はい。鳥居と祠がありますね」


 舜治の目には山と麓しか映っていないが、お千香の鷹の目は鳥居と祠まで捉えていた。

 褒めてと言わんばかりに髪を掻き揚げ、流し目をくれる。


「まじですか? 俺にはわかりませんよ?」


 長田が目を凝らす。その前にわざとらしく目をこすってみる。


「そこまで見ろとは言ってない。俺だってそこまでわからん。この距離では感じ取れんの? あれ? 思ったより能力低い?」


「酷いねぇ。そりゃ若さんと比べないで欲しいよ」


 参ったの格好で両の掌を見せる長田を無視し、舜治はお千香の言う祠の方を見やる。

 実際には見えてはいない。それでも、そこに渦巻くような禍々しい気配の塊を感じ取る。

 この世にあってはならないものだ。


「なるほど、あれがごりょうさんね……ジイさんが俺に頼むはずだよ。これは俺の領分らしい」


「ずいぶん強力な瘴気です。安易に手を出すと、しっぺ返しが来るでしょうね」


「ああ、そうかもな。それに、祀っている人間もいるだろうし」


「まぁ、その辺は薙ぎ払えばいいんじゃないですか」


「くっ、ははっ、最終的には力押しだよな」


 仲睦まじく寄り添う二人、会話の中身はやや物騒だ。


「俺にもわかるように話してほしいね……まぁ、それじゃあ行きますか」


 置いてけぼりの長田の言葉で村へ向かうことにする。


 この時、車に乗り込もうとしたお千香の視界に入ってくるものがあった。

 待避所の反対側山斜面に生えている草だった。人の背丈より高い。手のひらのように広がる細めの葉先はノコギリ刃に似ている。

 記憶の片隅にあるような気がするが思い出せない。


「お千香?」


「いえ、なんでもありません」


 スカートの裾をまとめ上品に乗り込む。


――山に生えてる草なんて、どこかしらで目にしていますね。


 車は暗雲漂う村へと至る。


■ ■


「いや~よぅ来なさった。こんな山奥で見るものなんぞ、そうそう無いが、ゆっくりしていきなんせぇ」


「こげな若い人が村に来るなんざ、いつ以来かのぅ~」


「お茶受けに、漬けもんは口に合わんかぁ?」


「こっちの娘さんはえろう別嬪じゃの」


 舜治一行は歓待を受けていた。

 いつの間にか十人以上の爺婆が集まり、孫の里帰りに沸く光景をつくる。


 村の中心を避ける道を探していたところ、第一村人に遭遇。警戒した三人をものともせず、中心の屋敷へ連れて行かれる。それは拉致ではなく、ひどく好意的過ぎて逆らう気を抱かせないものだった。

 そして屋敷の縁側で謎のお茶会へと。


「この漬物美味いですねぇ。お茶と合いますよ」


「ほうか、ほうか、もっと食え」


 長身痩躯の男は如才ない。ニコニコと受け答えをしていた。


「おばあさん、お何歳(いくつ)なんですか? お達者ですね」


「九十超えて、数えとらんわぁ」


 かたや美女も完璧だ。帽子を脱いで髪がかからないように面を出し、会話が弾んでいた。


――なんか、思ってたのと違う……


 適当な相槌を打ちつつ、お茶をすする舜治であった。

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