04 カシイノ村
「崖崩れなんかがあると帰れなくなりそうですね」
「バカ、そういうこと言うなって!」
「あら、怖いんですか? らしくないですね」
「そうじゃねぇっての」
窓から見える風景に無邪気な感想のお千香。隣に座る愛しい男の手を握り、面にかかる髪を嬉しげに揺らす。
舜治は慌てて止めにかかった。そのフラグだけは回避せねばならない。
舗装とガードレールはあるものの、法面はほぼ岩であり、崖下はかなり深い。カシイノ村へはこの一本道しかないらしく、どこかで寸断されるとすぐに陸の孤島となる。
そんな道を長田の運転するライトバンが走る。
バカップルは後部座席で車窓を眺めていた。やり取りはいつもの様に。
バスなら二時間でも、車ならば一時間半ほどとのこと。道中二つの山に挟まれた谷間に家屋が数軒見えたが、誰も住んではいないようだった。寂れっぷりが加速していく。
「なあ、向こうに着いたらどうすんの? アテとかあったりする?」
前席に問いかけた舜治はフィールド調査などには向いていない自覚がある。まして閉鎖的な寒村だ。村人に話しかける自信もなかった。
「う~ん、行き当たりばったり? ヒガシ君、一望したらビビッときたりしないもん?」
酷い答えが返ってくる。乗り心地の悪い車をそうとは感じさせない運転を見せる長田も、正直なところ指針が定まらないでいた。
「最低です」
「まったくだな」
「これは手厳しい」
長田は臆面もなく返せるようになっていた。
「俺は行方不明のやつを捜すから、ヒガシ君は例の祠をあたってもらいたい。どうせ、村人から聞き出せることなんてないだろうからね。無理に聞きまわったら、碌なことにならないんじゃないかな」
先発の調査員は何一つ聞けずに行方不明だ。
「そうか……わかった。お千香もそれでいいかい?」
「お任せします」
そうだろうね、と舜治は声に出さずに呟いた。そしてすべすべとした彼女の白い手を擦るのだった。
やがて白いライトバンは崖上の待避所で止まる。
運転手に促され、二人も降りた。
「あれがカシイノ村だよ」
長身が指し示す先に集落が見える。
標高差がかなりあるため、家々はまだ小さい。しかし村の中心と思しき大きな屋敷が目を引く。かつての庄屋だろうか。不思議なことにその屋敷を中心に放射状に道路が広がっていて、それに合わせて各家が所在している。
「妙なつくりの村だな」
「日本ではこういう農村をまず見ないね」
「ふん……しかし、長田さんよ、あんた、ここに来るの初めてか?」
舜治は隣の男を見上げる。見下ろされる格好が癪に障るようだ。
問われた長田は細目を片方だけ開け、人差し指を立てる。
「朝一で下見をね。村の中には入ってないよ」
「そうかい……その時、あれには気が付かなかったのか?」
舜治は視線を村へ戻すと、ある一点を凝視する。
「なるほど……これは、あれですね」
応えたのはお千香。見据えるはここより屋敷を真っ直ぐ超えた先、山の麓。
「見えるか?」
「はい。鳥居と祠がありますね」
舜治の目には山と麓しか映っていないが、お千香の鷹の目は鳥居と祠まで捉えていた。
褒めてと言わんばかりに髪を掻き揚げ、流し目をくれる。
「まじですか? 俺にはわかりませんよ?」
長田が目を凝らす。その前にわざとらしく目をこすってみる。
「そこまで見ろとは言ってない。俺だってそこまでわからん。この距離では感じ取れんの? あれ? 思ったより能力低い?」
「酷いねぇ。そりゃ若さんと比べないで欲しいよ」
参ったの格好で両の掌を見せる長田を無視し、舜治はお千香の言う祠の方を見やる。
実際には見えてはいない。それでも、そこに渦巻くような禍々しい気配の塊を感じ取る。
この世にあってはならないものだ。
「なるほど、あれがごりょうさんね……ジイさんが俺に頼むはずだよ。これは俺の領分らしい」
「ずいぶん強力な瘴気です。安易に手を出すと、しっぺ返しが来るでしょうね」
「ああ、そうかもな。それに、祀っている人間もいるだろうし」
「まぁ、その辺は薙ぎ払えばいいんじゃないですか」
「くっ、ははっ、最終的には力押しだよな」
仲睦まじく寄り添う二人、会話の中身はやや物騒だ。
「俺にもわかるように話してほしいね……まぁ、それじゃあ行きますか」
置いてけぼりの長田の言葉で村へ向かうことにする。
この時、車に乗り込もうとしたお千香の視界に入ってくるものがあった。
待避所の反対側山斜面に生えている草だった。人の背丈より高い。手のひらのように広がる細めの葉先はノコギリ刃に似ている。
記憶の片隅にあるような気がするが思い出せない。
「お千香?」
「いえ、なんでもありません」
スカートの裾をまとめ上品に乗り込む。
――山に生えてる草なんて、どこかしらで目にしていますね。
車は暗雲漂う村へと至る。
■ ■
「いや~よぅ来なさった。こんな山奥で見るものなんぞ、そうそう無いが、ゆっくりしていきなんせぇ」
「こげな若い人が村に来るなんざ、いつ以来かのぅ~」
「お茶受けに、漬けもんは口に合わんかぁ?」
「こっちの娘さんはえろう別嬪じゃの」
舜治一行は歓待を受けていた。
いつの間にか十人以上の爺婆が集まり、孫の里帰りに沸く光景をつくる。
村の中心を避ける道を探していたところ、第一村人に遭遇。警戒した三人をものともせず、中心の屋敷へ連れて行かれる。それは拉致ではなく、ひどく好意的過ぎて逆らう気を抱かせないものだった。
そして屋敷の縁側で謎のお茶会へと。
「この漬物美味いですねぇ。お茶と合いますよ」
「ほうか、ほうか、もっと食え」
長身痩躯の男は如才ない。ニコニコと受け答えをしていた。
「おばあさん、お何歳なんですか? お達者ですね」
「九十超えて、数えとらんわぁ」
かたや美女も完璧だ。帽子を脱いで髪がかからないように面を出し、会話が弾んでいた。
――なんか、思ってたのと違う……
適当な相槌を打ちつつ、お茶をすする舜治であった。




