03 物部の連なり
カシイノ村。
古来からの農村地ゆえ、産土の神社や寺は年代が特定できない頃よりあった。しかし、いつの頃からかそれらとは別に信仰されているものがあるという。
土地の者は「ごりょうさん」と呼んでいた。
隣りの合併した高原の町ではその名を知る者も稀と聞く。
「問題のお祭りは、そのごりょうさんを祀っているものなんだよ」
長田は注文し直したアイスコーヒーを飲みながら、判明している情報を整理していく。
ガラガラに痩せているくせにシロップを二つ要求して、お店の女性から妬ましげな視線をもらっていた。
そのお祭りはお神輿渡りがあるでなく、奉納舞があるでなく、当然夜店の屋台が並ぶわけでもなかった。祠のある境内らしき場所にて何がしかの儀式が行われるらしい。
そう、お祭りと呼んではいるが儀式である、と。
ビデオ映像はおろか、紙の資料も見当たらない。
先発した物部の調査員は地元住民への聞き込みすら碌にできなかったと報告している。「ごりょうさん」と口にするだけで、皆引きつった顔で離れていった。
それ以降の音沙汰無く、追加の調査員は現着の報すらないという有り様。
「益々俺向きの案件じゃないな」
デザートのカタラーナを掬いながら舜治が言う。
お千香の前にはティラミスがある。席は先ほど舜治の隣に移っている。あーんのタイミングを測っているようで、お千香の視線とスプーンが右往左往していた。
――あ~何この可愛い生き物は。和むわ~
舜治はささくれそうになる気持ちを、お千香を愛でることで落ち着けられた。
長田も調子を戻してきたようで、対面の二人が放つ桃色オーラを少し流していくことができていた。
「どうしてだい?」
「先ずは警察だろ? 行方不明なんだから」
「そうなんだけどねぇ……一般市民とは言い難いからねぇ、俺らはさ……それにびっくりだったのは、あの村には駐在所すら無いんだよ。この町の警察署は動いてくれないだろうね。あそこは、そういう村ってことさ」
「どんだけだよ……」
舜治はこの段階で何点か聞きたいことあったのだが、一番不可解なことをぶつけた。
「何故物部がその村に首を突っ込む?」
そう、そこがわからなかった。
無名の神社や遺跡が思いもよらない埋蔵品や資料を保存していることは珍しくない。
物部も古代史研究と称して調査収集している。実はその分野では名を伏せながら、突出した成果をあげていた。
しかし今回の件はその可能性が薄い。何より河童のミイラ調査みたいなことで最強戦力の投入が解せないのだ。
問われた長田も渋面になる。
「……そこんとこ、詳しく聞かされてないん――」
「言え!」
舜治は語気を強めて遮った。
隣のお千香が一瞬びくっとなる。霊障戦闘時以外で声を荒らげる様はまず見ない。不安気に舜治の顔を覗きこむ。
心配するなとお千香の頭を撫でて、舜治は続けた。
「お前ほどの霊媒が派遣され、更に俺だ。ジジイの口車に乗せられた俺が言うのも何だが、おかし過ぎるだろ。一体あの村には何があるんだ?」
長田は薄目を開ける。
「ごりょうさんが物部の末裔かもしれない、と言えば、わかってくれるかい?」
「いや、わからんが?」
即答の舜治。
お千香に至っては全く聞いてない。結局舜治にあーんできず、拗ね気味に髪を弄っている始末だ。
「……もうちょっと関心持って欲しいもんだねぇ。一族絡みだよ?」
反応の薄さに長田も呆れそうになる。
「俺はこないだまで物部と縁もゆかりも無かったんだ。無理言うなって」
大国魂発現までは普通の高校生だった。母方の遠縁に当たるとは言え、陰の一族の存在など知りようもない。だから一族どうこう言われても、ピンと来ないのも仕方なかった。
「――だったら、もう少し詳しく話してもらおうか?」
舜治はずいと詰め寄った。
「確定してるわけじゃないんだけどね――」
かつて物部の意向で営業するとある商家があった。そこの跡取りに嫁いできた娘がいたのだが、数年後代替わりした頃に、その娘――お内儀が失踪したという。
夫婦仲も良く、使用人や常連さんにも評判のお内儀だったことから騒動となった。しかし数ヶ月経っても見つかることなく、跡取り旦那も諦めてしまう。
しばらくして旦那が後添いをもらうが、商家に不幸が訪れる。それも幾度にわたって。旦那の嫡子の病死に始まり、使用人の事故多数、大量金子の紛失など。
結果、店は取り潰すことに。そして誰かが言い始めた――
――御料さんの祟りだ。
当然、物部が総力を上げて調べたが因果は判明しなかった。
時は情報伝達の発達した今、カシイノ村に「ごりょうさん」が祀られていると聞く。
物部のメンツにかけて事に当たるように、と。
「違うな、たぶん」
一通り聞いた率直な舜治の感想。
「なぜ、そう思うんだい? 大御霊のお告げ?」
長田は当然聞き返す。
「いや……なんとなく?」
「軽いね」
期待外れの答えに長田はそれ以上突っ込まない。舜治の態度に、それこそなんとなく確信めいたものを感じたせいだった。
「まぁね。時代が……なんとなく?」
「時代?」
「ああ。その商家の話はいつの頃だ?」
「明治から大正くらいだったはずだよ」
「だろうな」
「わからないねぇ」
主に関西方面で良いとこの奥さんを「御料さん」と言い出したのは明治の頃。同様に長女を「いとさん」と呼ぶことも。
そんなことを簡単に説明する。
「村のごりょうさん、いつからなんだろうな」
舜治は若干悪い笑顔で言う。
もっと昔の可能性が高い。そうなると商家と御料さんは無関係か。
「あれ……もしかして俺、貧乏クジ?」
長田の肩が小刻みに揺れる。察してしまった。
「それはこっちのセリフだ。そもそも、それを調べる仕事だったんじゃねぇのかよ。大体、俺が言いなだめるっておかしいだろ」
「若さん、面目ない」
「だから、そう呼ぶな!」
「それじゃあ、何とお呼びすれば?」
「……ヒガシ君?」
舜治は長田ではなくお千香を見ながら。
「あら、新鮮ですね」
やっと話を振ってもらえて彼女はご満悦。
「それは……ちょっと」
かたや長田は渋面になる。なんとか流れを変えようかとお千香に向き――
「お嬢さんには何と――」
「私に話しかけないでください」
バッサリとあしらわれる。
この二人のやりにくさは諦めるしかなさそうか。長田はゆっくりと立ち上がる。
「わかりましたよ……仕方ないけど、村にいきますか」
「バスの時間まで、まだあるぞ」
舜治はスマホで確認する。腕時計はしない派だ。
長田に捕まってしまったからには、帰る選択肢がとれなくなってしまったため、時間潰しを考える。
「何をおっしゃいますやら。車で来てるに決まってるでしょ」
「先に言え!」
初めて長田の溜飲が下がる瞬間だった。




