02 お目付け役
お目付け役であることを隠そうとしなかった長田という男は、ずいぶんと痩せていて一層背が高く見える。年は二十代半ばくらいか。
開いているようには見えない細目のせいで、表情から何を考えているのかわかりにくい。
おかげで舜治とお千香の警戒度が上がっていた。
「ほほ~飛縁魔は妖艶な美女との通説だが、これは別格だねぇ」
「ふん、さすがに物部の人間か……」
舜治は遮るようにお千香の前へずれる。
この長田は一瞥でお千香の正体に気づいた――飛縁魔という人外の正体に。
大の男を一撃で沈め、鉄の扉を吹き飛ばす膂力、さらに炎を操る女の妖怪である飛縁魔。それがお千香の正体だった。
何ゆえ舜治という霊媒の頂点と一緒にいるのだろうか。しかもべた惚れの状態で。性質上、討滅されて然るべきのはずである。
もう一年以上くっついているが、これまで一般人にその正体を気づかれることはなかった。舜治に接触してきた物部一門のほんの数人見抜くことができただけ。
この痩身の男、能力は高いと見える。お千香を庇い立つのはその身を守るためだ。討たせる訳にはいかない。
着ているシャツを後ろのお千香が握りしめる。
「いやいや~別嬪さんにどうこうする気はないよ。そんな命令されてないし。それに……」
――この化生、ちょっと強すぎるでしょ。勝てんとは言わんが、割に合わんて。
長田の細い目がうっすらと開く。
「それに――何だ?」
舜治の語気が強まる。
「若さんと敵対したら、上に怒られるのよ」
肩をすくめ、おどけて言った。
舜治が物部一門の総領となることは既定であり、本宗家と直系においては周知済み。今から逆らうことを誰も良しとしない。
「……お前、霊媒として結構上の方だろ。それなのにお目付け役か?」
「……誤魔化せないねぇ。あまり言うなって言われてるけど、今回の件、ちぃっと厄介みたいだよ」
「そんなことはわかりきってる! お前らが厄介以外の話を俺に持ってきたことがあんのか!」
舜治は吐き捨てるように言う。
物部からすれば舜治にしか解決できないからこそ依頼している。
「それは俺のせいじゃあないもの……文句は上に言って欲しいねぇ」
「掴めんヤツだな」
「だからかなぁ、いいようにこき使われててね」
これは本音みたいだなと舜治は思った。
「知るか。それよりこっちは昼がまだなんだ。話は後だ後」
やっとお千香が口を挟む。焦れていたのか髪が揺れている。
「舜治、あそこのお店はどうですか? たまにはイタリアン食べたいです」
指差す先にはオープンテラス。
舜治は迷わず足を向ける。お千香の手を取って。
懐を気にせず外食できる機会はなかなかないのだ。
お千香はフリルを揺らして喜色満面で引かれていく。庇ってくれるわ、エスコートしてくれるわ、お出かけして良かったと。
「ちょ、若さん、待ってよ!」
慌てるのは長田。長身を丸めるように追いかける。
そんな長田へ二人は言い放つ。
「俺のことをそう呼ぶな!」
「あなたは来ないでください!」
オープンテラスのダイニングバーで、柔らかい日差しを浴びながら舜治とお千香はビールをあおる。気持ち遅めの昼食だ。二人にしては珍しく対面で座っている。
「あ~外で飲むと美味しいな!」
「ええ、ビール久しぶりです。エビの唐揚げ美味しいですよ」
お千香が摘んで差し出すエビを舜治はあーんで受ける。指まで舐めるのが二人の流儀。
「おお、ビールが一層美味くなるな」
「はい、おかわりしますか?」
満足気に目を細める男の顔を見て、お千香も目尻が下がる。
「少し待って。こっちの生ハムとモッツァレラ乗ったパンが唆るんだ」
手にとって囓る。ハムの塩気がチーズと混ざってパンをより香ばしくしていた。
袖を気にしながらお千香がメニューに手を伸ばす。
「ムール貝のパスタ、頼んでいいですか?」
完全に二人の世界である。
そんな二人を隣のテーブル席で忌々し気に見つめる男が一人、先ほど近づいてきた長田だ。こちらはアイスコーヒーのみ。
「ちょっと、お二人さん……こっちの話し聞いてくれん?」
「後にしろ。先に飯だと言っただろうが」
「いや、ビール飲むとは思わんから!」
もっともな言い分。長田はテーブルに叩きつけんとグラスを置く。
確か仕事で来たはずである。食事はまだしも明るいうちから飲酒とは思いもよらない。まるっきり観光客の振る舞いだ。
「勝手について来て、二人っきりのランチを邪魔してくれました。いつまでも待っていればいいんです」
お千香は長田に目もくれずに言い、優雅な仕草でビアグラスを傾ける。初見が悪かったせいもあり、自然と辛辣なもの言いになる。もちろん同席を拒んだのもお千香だ。
――これはキツイ……
長田は一人唸っていた。
いちゃつくバカップルをただ眺めて待っているのはつらい。見なければいいのだが、つい目が向いてしまう。
自分もあーんとかして欲しい、と思ってしまっていた。
「く、そろそろいいんじゃないかい、お二人さん?」
料理は食べ終わっているようだ。
「……まだいたんですか?」
冷たい一瞥。
近寄り難い雰囲気を放つお千香だが、実は普段の当たりは柔らかい。そうでなければ近所の子供が懐きはしない。地雷さえ踏まなければいいのだ。一転何かに触れると、整い過ぎた氷肌が無表情で凄みを増す。さらに丁寧な口調が相手へ言い知れないプレッシャーをかける。
――この飛縁魔がぁ!
長田は生業柄プレッシャーに圧されてはいない。しかしどうにもやりにくかった。
これまで飄々とした言動で周りを煙に巻き、都合よくコントロールしてきた長田が、この二人に対しては空回る。特にこの人外女のせい。
なんとかしてくれと舜治に目で訴える。
どうしようかなと舜治は残りのビールを口にする。温くなっていてたそれは逆に旨味が強く感じられた。
「お千香……」
「……はい」
舜治の真面目な顔つきに、もとより姿勢正しいお千香の背筋が更に伸びる。怒られるのかと――
「俺、温いビールもいけるわ」
「そうですか? ヨーロッパのビールはそういう話を聞きますね」
安堵し微笑むお千香。
対照的に長田が突っ伏す。やはり二人揃ってやりにくい。
「この、いい加減に……」
「あ~長田さん? こっち座んな。話、聞くから」
細目の男が浮かせかかった腰をそのまま下ろす事無く、席を移ってきた。
その長田がどこに座るかで、お千香と一悶着起きる。




