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霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
限界集落の怪編
11/101

01 初めての旅行?

新編開始です

 国道や県道も通っていない山間の村、人口は五百にも満たない。市町村合併により山を二つ隔てた町に吸収され、村名も地域名として残るのみだった。

 若者は数えるほどしかおらず、外から訪れる者も皆無と言える真っ直ぐに寂れていくだけの村。

 そんな集落の山裾に小ぶりな(ほこら)があった。申し訳程度の鳥居の奥だ。扉が開かれ、中には石が祀られているのが見える。河原に転がっているような何の変哲もないねずみ色の石。その大きさは子供の頭くらい。

 今その前には数名の年寄りが集まっていた。皆一様に深刻な面持ちでいる。


「もうすぐ祭りじゃというに……」


「今のところ、お隠しにあったのは一人かえ?」


「ああ、ここ数年はなかったのに……」


御慰(おなぐさ)みを必要とされておるのか……」


「よそもん、紛れ込んどるらしいの」


「そんなら、そのよそもん捕らえたらええ」


「……御慰みに捧げるんか」


「村のもんじゃのうてええんか?」


「祭りまでの辛抱じゃて……」


「ごりょうさんにも、なんとか辛抱してもらおか」


 石が身じろぎでもしたのかことりと音を立てたが、気づく者はいなかった。


■ ■


■ ■


「やっと着きました! 遠くまで来ましたね」


 駅から出てきたお千香は諸手を上げてバンザイをした。今日は薄墨色のワンピース、フリルはやや控え目だ。この日のために買ってもらったつば広のサマーハットもお気に入り。


「でも二人っきりで電車に乗って、遠出するのが初めてですから、楽しかったです」


「ああ、そうだな」


 道中、お千香のはしゃぎっぷりはそれはもう賑やかなものだった。

 あの山の名前は何だ、あの川がきれいだ、河原で釣りをしている、自分もやってみたい、キャンプもいい、子供が手を振っていた、この駅名は読めない、等など。容姿も含め、電車内の注目を集めまくっていた。


「お前が喜んでくれて俺も嬉しいよ。でもな、まだ着いてないんだ。これからバスに乗る……二時間かかるらしい」


 舜治がスマホを見つめながら言う。危うくその手から落としそうになっていた。

 気を取り直すつもりでお千香の麗しい姿を愛でる。


「え?」


「しかも、朝と夕方の二往復しかない……」


「……まだ昼過ぎですよ?」


「昼食ったら、お土産見て帰るか……美味い名物とかあるといいな」


 お千香の白い肌をよく見ようと、舜治はその顔にかかる髪を頬を撫でながらあげた。帽子が少し邪魔をする。

 そしてひとしきり堪能したあと、頭越しに駅名を見上げる。そもそもこんな高原の観光地まで来ることに乗り気ではなかったのだ。


■ ■


 それは数日前、舜治の知らない携帯番号がスマホを鳴らしたことから始まった。

 その時嫌な予感はあった。この電話に出なければよかった、と思うのはもう少し後になってからになる。


――フツシの若様でいらっしゃいますか?


 舜治は露骨に舌打ちする。舜治をそう呼ぶのは物部一門の連中しかいない。

 予感は的中した。


「……誰だ? 本家以外に連絡先は教えていないはずなんだが」


――失礼いたしました。私は石上(いしがみ)家に仕える柳と申します」


 その中で石上は本宗家、もしくは直系親族。今の時代、一門で物部を苗字で名乗る家はない


「その本家にいる柳さんがなんの用?」


 今までの経験から碌な用件ではないと思われる。舜治の声に不快感が滲んでいた。


――はい、実は折り入ってお願いいたしたい件がございまして……



 観光地として有名な高原の町がある。そこから山二つ超えたところの村――合併して町の一地区となっているカシイノ村に行って欲しい。

 その村では土着の神を祀っていて、近くお祭りがあるとのこと。神事のひとつに部外者を完全に締め出す秘中の秘があり、その調査に一族の者を派遣した。しかし連絡がつかなくなってしまい、追加で送った人員も同様という。

 救出までは望まないが、調査の引き継ぎを頼みたい。



 案の定、物騒な話。一族の手練れが行方不明などそうそうあることではない。それに山奥の村落に伝わる土着信仰の祭祀などは、ヤクザの事務所並みに近寄ってはならないものだ。

 受けてはいけない。裏もあるに決まっている。


「俺じゃなきゃならん理由がなさそうだが?」


――私もそう進言申し上げたのですが、当主が是非ともフツシの若様にと。


 今までは本宗家で手に負えない凶悪な事案だけが丸投げされてきた。調査依頼など話に登ったこともない。これはあからさまに怪しい。ただの調査で済むとはとても思えなかった。


「正式の依頼?」


――はい、そうでございます。


「だったら、そのご当主様自ら頼みに来いっての!」


 舜治は一方的に電話を切り、晴れやかな顔をした。言ってやった感満載の顔だった。

 しかしこの切り方は舜治のミスとなる。はっきりと断わる言い方をしていれば違う結果もあっただろうに。

 直後、本宗家当主からの電話があり、高額報酬も相まって受諾してしまう。


――儂からの電話を待っておったそうじゃのぅ。


 あり余るほどの経費前払いというやり口が舜治のことをよくわかっている。


「お千香……週末、旅行に行くことになったよ。小遣いいっぱいくれるってさ……」


 小躍りして抱きついてくる彼女がいた。


■ ■


 こうして二人は高原の駅に至る。


「せっかくの観光地ですから、帰る前にいろいろ見て歩きたいです」


 帰ることは咎めないお千香に舜治は苦笑する。学校を休もうとするとやおら厳しくなるが、物部案件はそうではないらしい。デート旅行っぽいシチュエーションが追い風のようだ。


「お千香が一緒で良かったなぁ」


「もう、何ですか、こんなに明るいうちから、そんな嬉しいことを。いっそ、この町のホテルに泊まりましょうか? やっぱり昨夜は足りませんでしたよね?」


 舜治の腕に抱きつき、お千香は帽子のつばで何度も愛する男のおでこをノックする。


「生憎、そうはさせるなって言われてんのよ」


 ご機嫌のお千香を途端に不機嫌へと変えるセリフとともに、一人の男が近づいてきた。

 お千香は眼光鋭く誰何する。腕を解き立ち姿はほぼ仁王立ち。舜治との蜜月を邪魔する者は許さない、と。


「どちら様ですか?」


「チッ、やっぱり来たか、お目付け役だな」


「その通り。フツシの若さんと纏わりついてる飛縁魔(ひのえんま)、すぐにわかったわ」


 大げさに両手を広げた長身の男は長田真一郎と名乗った。

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