09 神籬(ひもろぎ)の剣
今編最終話をお届けします。
「お千香!」
舜治に呼ばれるや否や、お千香は上げられていた両の腕を力任せに振り下ろして拘束を解き、流れのまま右肘を青木のみぞおち辺りに突き入れる。
青木は声もなくその場に崩れ落ちた。
更に追撃。
その矛先は中空の珠に視線を固定している土門。一足で跳び、その背後から足裏で優しく押す。ドアをぶち抜いた前蹴りから見るとかなり優しい。やはりスカートは翻らない。
そして着地に合わせるように橙色の珠がお千香の手に収まっていた。同時に舜治の足下へ見事なヘッドスライディングを土門がキメる。
「うわぁ、先生、大丈夫かい? 痛そ~」
舜治が眉根を寄せて問う。助け起こす気はなさそうだ。
「痛た……何が……?」
土門は四つん這いまで上体を起こす。舜治の足が目に入り、慌てて顔を上げた。
おでこと鼻の頭が赤い。おでこはすりむけて血が滲んでいるほどだ。
「ここまでです」
お千香が近寄って声かける。その手にある珠を見て土門は落胆した。
「そんな……あと少し……だったのに……」
「お返しします」
舜治はお千香から珠を受け取る。その珠は瞬く間に手のひらに吸い込まれ消えていった。
土門の理解を超えていく。
「それは……一体?」
「道返しの玉」
素っ気ない返答のみ。聞き覚えのある単語に土門は記憶を辿るがにわかにヒットするものがなかった。
舜治はお構いなしに言の葉を紡ぐ。右手を天高く掲げながら――
「皇御孫の吾、請い願い奉りて、ここに出ませい! フツノミタマ!」
一振りの剣が顕現する。
片刃にして内側に反るその刀身は鉄色に鈍く輝いていた。
刃渡りは七十センチほどか、柄の頭には拳大のメダルのような装飾がある。
舜治は剣を掲げたまま、土門の言う六壬の霊穴へ半身となって対峙した。
言霊が謳われる。
「ひとふたみつる、よいのむる、ななとやいてここのとおり」
言霊の言い切りとともに振り下ろされる輝きを増した剣。
瞬間辺りの音が途絶える。
そして再び言霊が響く。
「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」
刃は穴へと届いてはいなかった。
しかし刀身が放つ光が黒い穴を食い尽くしていく。
「完全に消滅しました。お見事です」
お千香が剣のない左腕に抱きつく。
「ああ、終わりだ」
剣に纏わりつくものを払うように一振りすると、右手から剣が消えていた。
「……物部神道? まさか、フツノミタマって……あなた、物部の本宗家?」
目の前で見せられた一部始終から土門は一つの答えに至る。術は使えなくともその道の家に生まれ育ったことは伊達ではないようだ。
「当たらずとも遠からず、かな」
変わらず舜治は濁す。
「はは、物部か……土御門だって足元にも及ばないじゃない……しかも、こんな近くにいたなんて……」
ともすれば自棄になりそうな土門に舜治は問いかける。
「先生、まだわからないことがある」
「ええ、そうですね……私が六壬を使って――」
言葉途中に舜治が遮る。
「あ~いやいや、そんなことはどうでもいい。聞きたいことは、何故術の使えないあんたがこんな仕掛けをできたのか、だ。おかげでこっちは全く気づかなかった。それに青木にも操り人形みたいな術をかけたな。ひょっとしてまだ誰かいるのか?」
「どうでもいい……あ、いえ、他にはいません」
土門は自分の感覚がおかしくなりそうと目を丸くする。
「青木先生には、いわゆる催眠術をかけました。家に伝わるもので、強力ですが本当に只の催眠術なので、私にもかけることができるものでした。六壬の術は、術式が方程式のように解明されているものです。手順さえ揃えてしまえば、催眠術にかかった青木先生にも発動できるのです……」
もう聞かれるがままとなっていた。心はとっくに折れている。
「それって、わかってしまえば普通の人でも、同じことができてしまうんじゃありませんか?」
お千香の問は正鵠を突く。その通りなら一大事と言える。誰でも簡単霊媒師だ。しかも左道寄りなところがいただけない。
「むぅ……」
思わず舜治も唸る。こんなことが頻発して駆り出されては堪らないのだと。
「勿論門外不出です。誰にも教えたりしません! それぐらいの危険性はわかっています!」
おでこと鼻を赤くし拳を握りながら力説する土門を舜治とお千香は冷ややかに見る。
「ここまでやっといて、説得力はないな」
「全くですね」
「……すみません」
捨てられた子犬のように縮こまる。
「もういいな。帰るか、お千香。喉乾いたよ」
「明るいうちから飲むビールとか、最高ですね」
「食費なくなるわ!」
すっかり平常の二人。土門との対比が心ない。
「あの、本当に、もう聞くことはないんですか? こんなことをした原因とか、何を狙っていたとか……」
「そんなことは勝手に反省してくれ。次になんかあったら、お千香の飛び蹴りがクリティカルヒットするだろうから」
「そんなはしたない真似しません」
お千香の抗議を流し舜治は続けた。
「家どうこうは知らない。少なくとも、あんたは先生だ。衛藤の接し方を見てりゃ、どんな先生かは想像つく。もっと簡単に考えたらいいんじゃないですか?」
そのいい加減に聞こえるセリフはストンと落ちた。土門の内へと落ちた。
「あと、ここの始末は任せます」
それだけ言い捨てて二人は屋上を去っていった。
残された土門は……
「始末って……嘘でしょ……校長先生にどう言えば……」
吹き飛ばされたドアと倒れている青木を見て呆然とするしかなかった。
■ ■
階下はかなりの喧騒だった。
三年生がパニック状態で降りて来て、聞いたこともない轟音まで鳴り響いたのだから無理もない。
舜治とお千香は素知らぬ顔で校舎を出る。
校門の前で衛藤姉妹が待っていた。
「終ったの?」
姉の問いに舜治は簡単に応えた。
「全部? もう何も起こらない?」
妹の不安気な問いにも同様に返す。
「由加里ちゃんは? 大丈夫だったんだよね?」
これには舜治もくくっと笑った。
「どうして笑うのよ!」
「なに、後始末が大変そうだったんでね」
お千香もニヤニヤしていた。
「そう、それならいいわ」
「あの、ありがとうございました」
妹瑞樹が舜治に頭を下げた。姉玉樹が満足そうに頷く。
「私からも、本当にありがとう」
「いいってことさ。もう一回、カフェで奢りな」
「お安いご用よ。瑞樹が出すわ」
「ひどい、お姉ちゃん!」
賑やかな姉妹を余所に舜治とお千香は校門をくぐっていった。
舜治から手を出され、お千香は満面の笑みで手をつなぐ。
「ところで舜治、森林公園のアイス屋さんですが……」
「ん? ああ、まだ行ってなかったなぁ」
「そうですよ。いっつも先送りなんですから」
「悪かったよ。そうだな、このまま行ってみるか」
「行きましょう、行きましょう! ビールは我慢します」
「そうしてくれ」
「楽しみです。どんな味があるんでしょう。木苺があると嬉しいです」
「俺は白いのでいい」
「ふふ、二人、別々の種類にして、食べさせあいっこしましょうね」
「公園、ちょっと遠かったな……」
「いいじゃないですか。のんびりと……」
「ちょっと、二人とも、置いてかないでよ!」
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
今話で一段落です。次回より「限界集落の怪編」となります。




