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宿す者

初投稿です。

よろしくお願いします。

 千八百年年以上前の日本、国邑は立ち並び勢力争いをしながら国家としての礎を築こうとしていた。

 やがて国邑は大君を戴き緩やかにまとまり始めるが、初期より中核を担っていたある一族がやはり燦然たる権勢を持つこととなる。

 その一族の祭祀形態を基に国家祭祀を形づくりあげ、更に大君のお后はその一族のみから排出されていたのだからその程が知れよう。

 時代が下り政局に敗れてからは表舞台から消えていくことになるが、祭祀一族として裏から日の本の国を支え続けた。

 平成の世になった今も人知れず霊呪祭祀のちからを振るう。


 その一族を物部という。


■ ■


■ ■


「眠い……」


 時は深夜の一時、処は廃遊園地。

 零したのは東浦舜治(ひがしうらしゅんじ)、中肉中背の男だった。

 メリーゴーラウンドの乗り口となる階段に腰掛け、やや猫背になっていた。


「明日、学校休んでもいいよね?」


「ダメに決まっています」


 舜治に寄り添うように座っている女がバッサリと斬り捨てる。


「午前だけでも」


「そもそも明日は午前中しか講義がありません。休む気満々ですね」


 舜治は大学の二年生だ。

 翌朝早いのならばこんなところにいないでさっさと帰って寝床に潜ってしまえばいいのだが、そうする素振りを見せはしない。

 帰りたいのに帰れないことを嘆くのみ。何かを待っている風である。


お千香(おちか)……」


「お昼からのんびりしましょう、二人っきりで」


 お千香と呼ばれた女が慈愛溢れる笑みを返す。

 女の年の頃は舜治と同じくらいか、その容貌は息を呑むほどに美しい。

 情けなく縋ろうとした舜治は月明かりに映える美貌に追撃の言葉が出ない。

 地味目の舜治と並んでいるとお似合いのカップルとは言い難く、実際学内にてやっかみ九割で揶揄されている。

 それでも二人が纏う雰囲気は恋人同士のそれである。かといってデートをしているわけではない。

 そう、深夜の潰れた遊園地なのだから。

 ではここにいる訳は……


「近づいてきます」


「やっとか」


 お千香が立ち上がり明かりのない空間を睨む。

 舜治も遅れて立ち上がると懐から白い布を取り出す。手洗いでハンカチを出すようにぞんざいな感じで。


「お千香、明かりを」


 言われたお千香が手のひらを上に向けると火の玉が現れる。そして先ほど睨みつけた方向へゆっくりとした動きで放り投げる。


 火の玉が向かった先で何かが動く。


 人型の灰色の何か。


 両手を振りかざして近寄ってくる。足音はしない。


「簡単そうだな」


「そのようですね」


 クイズ番組を見ていて答えが解ったような気の抜けた二人。

 灰色との接触まで5、6メートルまで来ていた。

 火の玉に照らされたそれは明らかに人ではなく禍々しい気配を持った存在だった。

 対面すれば叫び声を上げたくなるほどの。

 組付かれてしまえば我が身がどんな目に遭うのか、容易に命の危機を想像してしまう。


 しかし舜治は手にある布を掲げてヒラヒラと揺らす。


「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ……」


 先ほどの気だるげな声とは違い、凛と響く声。


 声が届いたのか布の効果なのか、灰色の動きが止まる。

 方やお千香は目を細めている。舜治が発した音色を味わうように。


 舜治はよしと呟き、拳に布を巻き付ける。

 そして俊敏とは程遠い足取りで灰色へ近づくと、動かないその中心へ大振りのパンチを叩きこんだ。


比礼(ひれ)よ!」


 布が灰色に触れるやいなや静電気が爆ぜるような音と光を出す。

 お千香は断末魔の叫びが聞こえたような気がして、陶酔の表情から眉根を寄せた渋いものへと変えていた。

 実際に灰色が何か叫んだわけではない。


 舜治が瞬きを二度した後、灰色は霞となりやがて消え失せていく。


「祓えたな。この一体だけみたいだし」


「他に気配はありませんね」


 ひとしきり視線を巡らしたお千香が返す。


「これでなっちゃんも安心してここで遊べますね」


 お千香の言うなっちゃんの顔を思い浮かべる舜治。


――お兄ちゃん、遊園地にお化けがいるの。こないだ食べられそうになって、泣いちゃった。みんなが手を引っ張ってくれたから逃げたの。もうこわくて行けないんだ……


 小規模遊園地の跡地ながら、子どもたちにとっては車も来ない良い遊び場だった。

 舜治の住む借家のご近所さん菜津子も常連だったのだが、災いが降ってきた。

 得体の知れない何かが出る。

 その正体は魍魎の類であり、子どもたちには近づかないこと以外に手立てがない。警察は勿論のこと周りの大人がまともに取り合うはずもなく。

 涙を堪える童女の訴えを無下にはしないと舜治は頭を撫でながらこう言った。


――お兄ちゃんがやっつけてやるよ!


 望まざるとその身と魂に日の本の大御霊を宿す舜治には造作も無いことだろうと予測していた。

 手が掛かるような存在ならとっくに感知している。お千香だって黙ってはいない。

 結果所要時間1分、出現待ち時間6時間。


「あの子が笑ってくれればいいか」


「そうですよ、なっちゃんの笑顔が大事です。たとえ明日の朝が辛かろうとも」


 お千香も菜津子の溢れんばかりの笑顔が好きだった。そして要らない一言を添える。

 折角自身の中で折り合いをつけたのに、明日の朝を憂い肩を落とす舜治。

 朝に弱いのではなく、夜遅いのが堪える体質だと思っている。


「帰ろう」


「はい」


 国内限定最強無比の巫覡(ふげき)と物言う花は火の玉が消えて真っ暗になった廃遊園地を後にした。


「遊園地行ってみたいです」


「俺もガキンチョの頃、親に連れられて行ったきりだなぁ。ほとんど覚えてないし」


「この週末に行きましょう!」


「ジェットコースターや観覧車あたりはあんまり意味ないと思うぞ、お千香には」


「二人で回るのがいいんですよ」


「それは、まぁ」


「どこがいいのか明日調べます」


「別の問題もある」


「引っ張りますね」


「今月、あと五千円ちょっとしかない」


「うっ」


「……森林公園あるだろ、町はずれに。アイス屋さんが来てるんだよ、移動販売の。評判いいらしい」


「もう」


「ひっつきすぎだ。胸が当たる」


「嬉しいならそう言ってください」

お読みくださりありがとうございました。

次話より連載編開始します。

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