猫と斬馬刀
うおっ! っと、思った瞬間ズバッって音がして見ると、ななしが右肩から左の二の腕までが綺麗に切断されている。
斬った主を見ると、エクステを付けていない白拍子の衣装を着た如月だ。
「ふん」
白拍子の衣装が血まみれになっているのを月夜で確認して、血飛沫を浴びたオレと八郎が、ただ突っ立っているだけだった。
「如月……ななしは……」
「殺した。ウザいから」
「如月、その刀は本物か?」
如月が腰に差している鞘だけで分かる長すぎる太刀、その刀を見せながら、
「そうだよ。本物の斬馬刀。この程度なら、簡単に真っ二つに出来る」
ななしの遺体を蹴り飛ばしながら言った。
「「…………」」
如月は小刀を拾い、
「猫ちゃん。あんた、ボクが居なければ、この小刀で斬られていたよ。恐らく右腕をね」
「……そうか」
だけど……。
「如月、殺さなくてもいいんじゃないか?」
「私も殺したくはなかったが……」
「何で? こいつ、生かすと弥九郎様殺すんだよ。さっさと消さないと、弥九郎様が危ないんだよ」
「でも……」
「とにかく……ゴミ! これ、捨てとけ!」
もう一度、ななしの遺体を蹴りながら言う、
「ええっ‼」
「ボクは帰る。着物が汚れたから」
如月は走って去って行った。
「……」
「…………」
「…………あんたたち、放っておける性格じゃないものね。この子のお墓は用意するわ」
「「…………」」
「…………さあ、帰るわよ。治部ちゃんの事も気になるしね」
オレたちは後味が悪いまま、屋敷に帰った。
翌朝、石田殿は腕を動かし、
「もう、問題ないわよ!」
「そうか」
せっかく腕が治っても、いつも通りの表情だ。
「治ったんですね! 石治部さん!」
「何だ? その言い方は? 吉利支丹殺しは解決したのだな」
「……そうよ。詳しくはアタシが話すわ」
「そうか。では、そうしてくれ」
「……ええ」
「宇喜多殿や馬鹿猫がが解決したのか」
一瞬、ドキっとした。それは八郎も同じだ。
「えっと……その……」
「じっ——」
「いいのよ! アタシから言っておくから」
「とにかく、これで堺の憂いは晴れた事だ。帰る——くっ……」
立ち上がると石治部さんの体がふらついた。
「腕は治っても、もう少し安静が必要ね。まあ、治部ちゃんは休んでいきなさい」
「なっ——うっ……」
石治部さんは座り込んでしまった。
「言ったでしょ。先に二人は帰っていいわよ」
「ですが……石田殿を置いていく訳にはいきません」
「そうだ!」
「じゃあ、明日には歩けるくらいにはなるわ。それまで待つ?」
「ああ!」「待てる!」
「そう。じゃあ、今日は堺の町を観光したらどう? 治部ちゃんはアタシが見ているから」
「そうですか。では、お言葉に甘えて」
「行くぞー!」
「ふにゃ!」
オレたちは堺の町を見学した。
「猫丸、どうしよう」
「お豪ちゃんのお土産?」
「ああ、扇子もいいが、堺の町を見ると」
町を見渡すと、どれも珍しく、お土産をどれにするか決められない。
「八郎、これもいいよな」
「ああ、笄か……いいかもしれない」
店には色とりどりの笄があり、迷ってしまう。
「ふーむ。……どうする?」
「わからん。八郎は?」
「私も迷っているのだ。この店の笄は全て見事な物だ」
「お客様! お目が高いわね! だったら全部買うかい?」
「そうか……全部……」
「おい! 八郎! やめろ! それはダメだろ!」
いくらかかるんだ⁉
「では、猫丸。どれが良いのだ? 一つ選んでくれ」
「えっと……オレは……」
そう言われると難しい。どれもこれも見事なのだ。
オレが迷っていると、
「これなんて、どう?」
「「如月‼」」
如月が持っていたのは、細やかな細工の赤い笄だ。
「確かに、これは見事だ」
店のおばさんも驚き、
「如月、流石だねぇ……」
「知り合い?」
「まあね。あ! 後、この店の笄、全部頂戴! 代金は全額、ゴミに!」
「はい! まいど!」
店のおばさんは上機嫌に言いながら、笄を取っている。
「ぜ、全部って……」
「全部だよ。これもそれも、全てゴミのツケ」
「ツケぇ⁉」
「代金はゴミにしておけば、ゴミが勝手にお金を出してくれるから、いいの」
「如清……さん。ダメージデカいだろうな」
「それより、笄、紐も巻いておいたわよ。後、この笄の代金もゴミが払うから」
笄は花の形にリボンで巻かれている。
「如月……」
「猫丸、石田殿の所に戻ろう」
そして翌日、
「もう動いていいだろう」
石治部さんは着替えを終え、エリンギの近くに来た。
「ええ! いいわよ!」
「馬鹿猫と宇喜多殿が解決するとはな」
「実質は——」
「ふふっ。らーらーらー」
如月が澄んだ高い声で歌って肝心なところがごまかされた。
「それじゃあね。二人とも」
如清さんは何も知らないのか笑っている。
「また来てね。ご馳走するから」
一瞬、如清さんの顔が曇ったのを見逃さなかった。
大坂に戻ったオレたちが一番に会ったのは、
「まあ! 素敵でする! 綺麗な笄! それに、この紐も可愛い!」
当然、お豪ちゃんだ。物凄く嬉しそうに笄を見つめている。
「喜んでもらえて嬉しいよ。お豪」
「よかったね。お豪ちゃん……」
「猫様、どうかしましたか? 遠くを見て」
「い、いや! 何でもない‼」
「そうですか!」
真実は闇の中に……。