猫と兄弟
初め通された応接室の前に行くと、
「着いたぞ、八郎」
「ああ、ここだ」
オレが戸を開くと、
「ん?」
「あれ?」
「あんた誰?」
応接室には、オレたちより先に、メガネを掛けた色白で背が高く、二十代前半ぐらいの男の人がオレたちに近づいてきた。
「あのー?」
オレの目を見て、耳と尻尾を触ってから、
「ああ、本物だね。——君が猫丸?」
人当たりよく話しかけてきた。
「あっ、はい……そうです……」
「と、言う事は、隣にいるのは、宇喜多殿?」
「そうだが、あなたは?」
「ああ、そうだね。私は——」
「終わったわよー‼」
いきなり戸が開き、如清と如月が入って来た。
「は、早いな」
「あ、あの! 石田殿は……?」
「手当はしたわ。けど、二、三日は安静が必要ね」
「そ、そうですか……」
「よかった……石田殿、無事で……」
オレがへたっていると、如清はさっきの青年に気付くと駆け寄り、
「あらー‼ 隼人‼ 来ていたのなら、来ていたって言ってよぉ‼」
如清が、あの青年=隼人を抱きしめて頬を摺り寄せている。
「兄さん‼ やめてくれないか‼」
「今、町は吉利支丹殺しがいるって言うのに、よくこんな夜中に来たわね~!」
「吉利支丹殺しが怖くて、武士が勤まる訳ないだろう。それより兄さん。はい、手紙」
如清は一瞬、嫌な顔をしたが、
「……わかったわ」
如清は手紙を読み終わり、破ろうとすると、
「きゃあっ!」
如月が奪い取り、抱きしめるように手紙を持った。
「如月、それは捨てる手紙よ。ほら、良い子だから返して」
「……ふざけるな。ゴミ」
「兄さん。それより返信は?」
如清は置いていた紙と筆を使い、
「——ほら、出来たわよ」
手紙を隼人に渡した。
「じゃあ、帰るよ」
隼人が出て行こうとすると、
「待ってよぉ! 隼人! 今、吉利支丹殺しが出ているのよ! 今夜、ここに泊まったらぁ?」
如清が隼人の肩を掴んで止めた。
「泊まらないよ。これ、持って帰らないといけないのに」
「持って帰らなくても、五年十年、返信が無くてもいいじゃないの~」
「私は帰りますよ。兄さんに手紙の返信を持って帰らないといけないのに」
兄さん? まだ兄がいるのか? 思わず、聞いてみる。
「話割って悪いけど、隼人さんって、兄さん二人いるの?」
「ああ、弥十郎兄さんと私の間に、もう一人、兄がいるんだ」
弥十郎? もう一人? そして誰かに似ている容姿、もしかして……。
「もう一人の兄は弥九郎兄さん。申し遅れたけど、私の名は小西隼人行景、猫丸の事は弥九郎兄さんから聞いているよ」
「……そうですか」
どうりでこの二人、弥九郎さんに似ていると思った。
「後、兄さん。如清は諱だろう。通称の弥十郎にしないの?」
「えー⁉ 如清の方がいいじゃな~い」
「はあ……。こんなのだけど、猫丸、これからも頼むね」
「はい……」
隼人さんが出て行こうとすると、如月が隼人さんの腰に腕を回して、
「景帰るの? 泊まったらどう? ボクが一晩、幸せにしてあげる」
隼人さんは顔を赤らめて、
「何を言っているんだ! 如月! 私は帰る‼」
「えー! じゃあ、弥九郎様に言伝頼むわ。また、奉仕しに行くわ、って」
「「如月‼」」
二人は激怒したが、如月は笑って隼人さんを見つめている。
「何で、私がそんな事を言わないといけないんだ‼」
「やめなさい! ダメよ! 如月が汚れるなんてイヤよ‼」
「ふん。いいじゃねえか。ボクは仕事で寝て、何が悪いんだよ?」
「——まあ、お父様は如月のお陰で殿下様からも、更に評判いいけど……。それでも! 本来なら、白拍子も辞めさせて立派な豪商か武士のお嫁さんに……行かせ……たくない‼ けど、父親としては行かせないと……」
「あのな、ボクは正室にも側室にも、なるわけねえよ」
「じゃあ、何に?」
「弥九郎様の性奴隷にだ。それなら白拍子もやめる」
「一番ダメぇ‼」
「やめろ!」
「如月、あんたわかっているの⁉ あんた、あの男に慰み者になったのよ! 如月が慰み者になって生きるなんてイヤよ‼ 絶対にイヤ‼」
「慰み者? ふん。ボクはただの道具だ。慰み者ならいいじゃねえか」
「良くないわよ‼ 道具じゃなくて、アタシの猶子‼ 如月ぃ、良い子だから、ね。道具だなんて言うのは、やめなさい」
「ふん」
如月は不機嫌そうに出て行った。
そして、如清は椅子に座り、
「はあ……」
ため息をつき、額に手をあてて嘆いている。
「——弥十郎兄さん、私も帰らせてもらうよ」
「……帰っちゃうの?」
「ああ、弥九郎兄さんに手紙の返事を送り届けないといけないから」
「……じゃあ、吉利支丹殺しに気を付けるのよ」
「わかっている」
隼人さんは淡々と言い、出て行った。
「…………」
「「…………」」
「色々、あるみたいですね」
「あの男が如月と…………思い出すだけで、イヤぁ‼ ——そんなところ見ちゃってから、あいつとは、こういう状態なのよね」
「「……」」
「どうする」
「悪いのって、完全に弥九郎さんだよな……。これ、オレたちじゃ難しいな」
「そうだな」
「如月は、伽とかには興味を持っていたけど、あの男の玩具になり、白拍子になってからは、ますます伽にのめり込み、口に出せない物ばかり手に入れてくるの。最近では性交の指南書を何処からか、手に入れてきて読んでいるし……。誰の貢物かしら?」
「ニャハハハ……」
「どうした。猫丸?」
言えない。誰かは絶対に言えない。
「あんたたちも、もう休んだら、明日探しましょ。寝床と遅いけど夕餉は用意しているわ」
「夕餉!」
「ふにゃ!」
「猫丸、えりんぎ、夕餉は敏感だな」
「とは言っても、全て明日だな」
「そうだな」