猫と阿波
「着いたぞ。猫丸」
小さめの城みたいな物が見えてきた。
「あー。疲れたー」
「ふにゃ~ん」
オレが倒れると馬に乗っていたエリンギは飛び降りて、うつ伏せになって情けない声を出し、ノビていた。
「エリンギ。なんで、お前まで疲れているんだ?」
「乗っていて疲れた」
「なんだよ! それは!」
「ふにゃ~あ」
エリンギは大あくびをして、無視した。
「猫丸、私は羽柴殿らの所に行って来る。大人しく待っているのだぞ」
「ああ、わかった」
「行くぞ、宇喜多殿」
「ああ」
オレたちは、若様と黒田官兵衛や、その他の兵将の後ろ姿を見送った。
オレとエリンギだけになると、
「何だ⁉ あの生き物は⁉」
「耳が生えているぞ‼」
「左右の目の色が違う⁉」
言われた。ここは新しい人たちだらけだ。当然オレの事は言われ、すぐに人だまりが出来た。
「んー」
若い足軽がオレの頬をつついてくる。
「触った! 触ったぞ!」
「で、どうだった?」
若い足軽が興味津々で聞いてくるとオレの頬をつついた足軽は興奮気味に、
「触り心地が良く柔らかい頬だ。人と変わらん」
当たり前だ。人だぞ、オレ。
「何をしているのだ?」
その言葉にオレが見ると、筆と紙を持った足軽が、何かを描いている。
「田舎の小さい妹や弟達に、あの生き物の姿絵を描いて見せるんだ」
嬉しそうに描いてるけど……。うう~。見世物って、こんな気持ちなのね。もし、現代に帰ったら動物園や水族館に行きたくないなぁ。
それから、時間が経って、
「では、皆の者……⁉」
誰かの声がしたけど、オレの見物人が多すぎて誰か見えない。
「これは?」
「この人の渦は、大体予想出来る」
「猫丸……。退いてもらおう。——そこの者達、退きたまえ!」
その一声で道が出来て、その道の真ん中を歩き、若様が近づいてくる。そして、オレの目の前に現れて安心した表情を浮かべる。
「猫丸、無事か?」
「まあ、なんとか……」
「少し離れていろ」
若様と一緒に道の真ん中を歩き、避難することが出来た。
「対の城も完成し、讃岐方面の宇喜多、黒田勢も、我が軍に加わる事になった。明日から、木津城攻めを始める」
そう言ってる男の人は四十半ばの、見るからに温厚で人が良さそうな人だ。その言葉に皆、割れんばかりの歓声を上げた。
そうして夜になり、城の中にある屋敷内で、
「…………」
「…………」
「…………」
「……って、いつまで見ているんですか⁉」
「……見飽きるまで。あと、瞬きをするな」
と、目の前の文学青年風の武将は言った。
「……お主の目は不思議だ。いつまでも見ていられる」
「いやいや、見ないでください」
「猫丸、孫七郎殿に興味を持たれているな」
「興味を持つことかよ! それやったら、その髪は地毛かよ⁉」
オレの目よりも、くるくると巻いた髪、そっちの方が気になる。
「……地毛だ」
——天パか。
「髪の毛の事はどうでもいい。お主の目を見るのは俺の勝手だ。気にするな」
「気にするなって、言われても……」
気になるものは気になる、そんな時さっきの四十半ばのおじさんが、オレの目の前に座って愛想よく話しかけた。
「お初にお目にかかるね。猫丸でよかったよね?」
「はーい。そうです」
「私は羽柴小一郎秀長と言う者だ。よろしくね」
「あ、はい。こちらこそ」
なんつーか……。この人、完全にいい人オーラが出ている。
「そうだ。お菓子食べる?」
「食べます!」
「そこの猫にも、はい」
「……ふにゃ~」
オレにはおこしで、エリンギは煮干しを渡してくれた。
エリンギは時々オレを見ながら、しぶしぶ煮干しを食べている。
「それにしても宇喜多殿、この猫丸を兄上に送るのかい?」
「はい。父上ならば、興味を持つと思いまして」
「兄上は珍しい物が好きだからね。面白いと思うだろうね」
「そうですか」
そんなに珍しいですか、オレ。
「何だか人が多いね」
「はい。周りは人だらけです」
ここからではわからないが、屋敷の周りは人だらけだ。
「猫丸目当ての兵や、噂を聞きつけた商人達が、集まっているからね」
「猫丸、出てはいけないぞ」
「わかってるって、出ないよ」
と言い終わると、文学青年がオレの服を触りながら、
「……お主の着物や草履も袋は南蛮みたいだが南蛮じゃない、不思議だ。どうなっている?」
「いやいや、秘密ですよ~」
秘密にしたが、単に説明するのが面倒なだけだけど、
「そうか。ならばいい」
文学青年は思ってたより、あっさりと身を引いて向こうに行くと、次は若様が話しかけた。
「猫丸、今日はここで寝るといい」
「えっ⁉ いいの⁉」
「ああ、羽柴殿が許可しているからな」
「やった! 屋根の下で寝られる!」
「猫丸、今日は一緒に寝るぞ」
「一人じゃないの⁉」
オレが疑問に思っているが、若様は何事も無いように話を続けた。
「当然だ。私は仮だが、お主の飼い主だ。だから一人にしない様にするのは、私の役目だ」
「……」
若様の部屋で寝ることになった。が、
「……なんで、布団は一つなのに枕は二つなの?」
「何かと勘違いしているのだろう。寝るぞ、猫丸」
間にエリンギを置いて寝る事にした。(不機嫌になったが)
入口に縄を張って用心すると、明かりを消し、暗闇になった。
寝る時まで警戒しているなんて、やっぱり、この世界は戦の中の世界なんだな。
光一つ無い部屋の中にいる若様に、聞いておきたい事を聞いてみた。
「若様」
「何だ? 猫丸?」
「贈り物として父ちゃんに喜ばれるため、オレを連れて行くのか?」
「いや、それよりも大切な事がある」
「大切な事?」
「お主は初めて会った時、助けてください、と言っていたからだ」
「えっ⁉」
「助けてほしいから、助けた。それが大切な事だ。それに父上の元ならば、猫丸は何不自由無く暮らせる、だから贈り物と言う口実で連れて行くのだ」
「……もし、オレが耳が無く、普通の目ならどうする気だった」
「それならば、私が預かる。それだけだ」
「若様……」
言葉を続けたかったが、若様は眠ってしまった。