猫と贈り物
「えっ⁉ いない⁉」
孫七郎さんの屋敷に来て、一番の言葉がそれだ。
「今、八幡山城に行く事になっていていないのです」
「その城って、どこにあるのですか?」
「近江国ですが……」
どうやら大坂ではない様だ。
「——何かご用件があるのなら、伝えましょうか?」
応対している侍女が優しく言うが、
「あ、いえ、お構いなく、すいません! お手数かけました‼」
逃げ出して、エリンギに聞いてみる。
「近江国って?」
「今の滋賀県だ。行こうと思えば行けるが?」
「えっと、滋賀県って?」
「琵琶湖があるところだ。バカ猫」
「ああ、琵琶湖か! う~ん。無理だよな。それに何だよ、松永なんたらって?」
「ああ、松永久秀か。主家乗っ取り、将軍暗殺、東大寺大仏殿の放火、の三大悪事をし、年貢を払えない百姓に蓑を着せ、火を点けミノムシ踊りをさせる梟雄——残忍で強い奴と世間で言われているが、三大悪事は全て濡れ衣と言われているがな。最後は平蜘蛛の茶釜を砕き爆死したと言われる武将だ。その松永久秀は側女を二、三人連れ幔幕や輿の中で、その側女達と……」
「エリンギ、顔」
エリンギの顔がスケベオヤジの顔になっている。
「わかったようなわからないような……それより、ハウツー本は誰に……一番は八郎か? でも……」
『猫丸、見つけたぞ!』
「って風に一発で見つかればいいけど、なかなか見つからないと……」
『見つからないな、猫丸。——父上に聞いたぞ! 他にも——』
「——色んな人に話が広まるかもしれないな……」
オレがそういう子に思われるかもしれない!
「そうだな。誰に聞く?」
「虎之助さんや左衛門さんは——」
『何? 如月と仲良くなるのか?』
『仲良くなるなら、まず女を——』
「——やめよう」
「いい事じゃないか。なぜやめる?」
嬉しそうな顔をしているエリンギがオレを見ている。
「あのな。次は石……論外」
「ああ、で?」
エリンギは石田殿の時は無表情になり答えた。
「うーん。細川殿や黒田殿とは仲良くないしな……」
「まあな」
「上様や女性じゃ無理だし、刑部さんや小一郎のおっちゃんは⁉」
「どう説明するのだ?」
「うっ……」
エロ本は協力してくれても、理由を説明する時に、もしかしたら未来の人間かもしれないので、って説明出来ないし……。
「後は——」
「猫さん? どないしたん?」
「うわっ⁉ 弥九郎さん⁉」
後ろから弥九郎さんが話しかけてきた。
「弥九郎さん! じ——」
聞いてみるか? でも、エロ関係は比較的イケるよね。
「なんやねん?」
「弥九郎さん! 実は如月に——」
「如月ぃ‼ 儂は知りまへん‼」
弥九郎さんは、ものすごい速さで逃げ出した。
「……行っちゃった」
——どうしよう。もう、残っているのって……。
「如月が未来人かもって話せる人は——」
「猫殿。先ほど、アウグスティヌスが走っていましたが?」
——この人だー‼
そして、王の兄ちゃんの屋敷にて、
「——それで如月は、この時代の人ではないので、仲間を得るため、探し物をしているって事なんです!」
「そうですか。如月が後の世の者、ならば猫殿にとって稀有な者、私で良ければ猫殿の力になりましょう」
「本当‼ だけど……」
言いにくい、そういう事には潔癖だからな。もしかしたら、オレ死ぬかも……。
「探し物とは、一体何を探しているのですか?」
覚悟を決めて言うぞ!
「探し物は松永久秀——」
「えっ?」
王の兄ちゃんは目を見開いた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! あの、すいません‼ その——」
「あ、いえ、猫殿、話を続けてください」
「その、セッ……性交の指南書を手に入れてこいと、如月に言われてそれで……ごめんなさい! その怒っていますよね‼」
「…………」
「あ、あの、殺さないで……ください」
こわごわと王の兄ちゃんを見ると、動かず座って何かを考え込んでいる。
「……」
ゆっくりと立ち上がり、どこかに行こうとした。
「お、王の兄ちゃん?」
「猫殿、少し時間を頂けないでしょうか?」
「え?」
「今から、その指南書を探してきます。捨ててはいないので何処かにはあります」
「ってことは……」
「猫殿、その書を探してきます。見つかり次第、猫殿に持って行きます。よろしいでしょうか?」
「いいの⁉」
でも、
「なんで王の兄ちゃんが持っているの? そういうの嫌いなんじゃ……」
「それは、私の父のかつての主君が黄素妙論を参考に記し、家臣達に与えた書ですから」
「かつての……ってことは元部下なの⁉」
「そうなりますね。まあ、理知的で教養のある方ですが、吉利支丹嫌いで伴天連を迫害したのです。父が家臣だった時に贈られた書ですから、今は不要になり、私が持っていますが」
「そうなんだ」
「猫殿、申し訳ありません。もてなしが出来なくて、もし、書が見つかれば、すぐに届けます。それまで今しがたの辛抱を」
「わかった。じゃあ、八郎の屋敷に戻って待ってる」
「わかりました。では、待っていてください」
「ああ!」
こうして、宇喜多屋敷に戻った。
「あっ、八郎!」
「猫丸、帰ってきたのか。夕餉が出来ている、食べないか?」
「もっちろん! 早く食べないと!」
「ふにゃあ!」
夕食を食べ終わると、
「うーん。まだか……」
夜になったが、まだ来ない。
「まだか、とは何が?」
「ああ、いや、こっちの話」
「そうか、猫丸」
言えねえよなあ。エロ本の事なんて、と思っていると、八郎は外を眺め、
「今宵の月は綺麗だな」
「え? あっ、本当だな」
大きく丸く美しく輝く月がある。現代にいた時は、何も思わないし考えなかったが、この時代で見る月は美しかった。
見事な月を見ていると、
「おや、誰か来たぞ」