猫と失踪
宇喜多屋敷に帰ってくると、
「猫丸、帰って来たか! 今から大坂城に行かな——」
「如月の事か?」
八郎が誘ってきたので、聞いてみた。
「猫丸⁉ 如月を知っているのか⁉」
「孫七郎さんから聞いた」
「そうか。詳しい話は聞いているのか?」
「いや」
「ならば、少し話をしよう。如月は大坂や堺、京で人気のある白拍子だ」
「すげーな。それ」
「ああ、絶大な人気がある。猫丸と一緒ならば、わからないが」
「って! まだ人気なの⁉ オレ⁉」
「そうだ。それだけ如月の人気はあると考えた方がいい。大名や豪商達はこぞって如月と一晩を過ごしたい者ばかりだ」
「なんでまた一晩って?」
「聞いた話によると、珍妙だからと言われている」
「珍妙? まさか、尻尾?」
「尻尾ではないが、珍妙と言われている」
「そうかー」
「だが、その歌舞も不思議で見事な物だ。誰も真似出来ないと言われる」
「アイドルみたいなもんか」
「えっ⁉」
「なんでもない」
「その如月を見に行こうと思うのだが、猫丸はどうする?」
「行く‼」「ふにゃああ‼」
エリンギ行く気だ。
「わかった。お豪も歌舞は楽しみにしている。行くぞ、猫丸、エリンギ」
「ああっ!」
「ふにゃ!」
オレたちは大坂城に行った。
大坂城に行くと、
「猫丸、ここが私達の席だ」
「そうか」
座るのがもったいないくらいのハデな椅子が三脚ある。
「上様が、わざわざ用意して下さったのだ」
「なんか悪いなー」
「私は上様に礼を言ってくる」
「わかった。オレは?」
「猫丸は、その席を見ていてくれ」
「ああ!」
それから少しすると、
「おおっ‼ これが猫か」
身なりはいいが、太って不細工なおじさんが、オレたちの前にやってきた。
「な、なんですか⁉」
「これが宇喜多の猫か。堺では見たくても見れなかったからな」
そう言いながら、オレに抱き着いた。
「うわっ‼」
「これが猫か」
「あ、あの、放してください!」
「いいじゃないか。このくらい」
「ふにゃ(ははっ)!」
逃げようとしているオレを見て、エリンギが笑っていると、
「ん? 猫が飼っている猫か」
エリンギが気づいて、逃げ出そうとしているエリンギを抱き上げて、
「ふぎゃああああああ(やめろおおおおおお)‼」
太って不細工なおじさんにエリンギは抱っこされている。あいつにとっては苦痛だろうな。
「この猫も可愛いな~」
「ふぎゃあああああああああ(汚いいいいいいいいいい)‼」
「エリンギ……」
エリンギ……嫌がっている。
「可愛いな~」
日ごろの行いを考えれば、助けない方がいいんだろうが、困っているので助ける。
「あの~。エリンギ……この猫、嫌がっていますよ」
「え~。そうなのか。でも、いいじゃないか」
太って不細工なおじさんはエリンギを強く抱きしめている。
「ふにゃああああ(やめろおおおお)!」
「嫌がっていますよ」
「そうか。仕方ないな」
「ほら、エリンギ」
解放されたエリンギはオレの腕の中に来た。
「ふにゃ~」
エリンギはへとへとになっている。が、それよりも気になった事を聞く。
「ところで、見たくても見れなかった、とは?」
太って不細工なおじさんは口元をゆがめ、
「ああ! あの時、邪魔な奴がいてね。見れなかっただけさ」
その声には冷たさが含まれている。
「あの時って?」
「堺だよ。宇喜多の猫が来ている時に邪魔な奴がいたからさ」
「別に邪魔な奴なんて……誰ですか?」
「存在しているだけで不愉快な奴さ。じゃあ」
「それって、誰——」
言うだけで言って、そのおじさんは去った。
「な、なんだよ~」
「別に誰でもいいだろ。俺は酷い目にあった」
「——そうだな」
それから、更に時間が経つと、
「猫丸、大変だ‼」
今までいなかった八郎が焦ってやってきた。
「大変って何だよ⁉」
「如月が来ていないんだ‼」
「はあっ⁉」
「いつまで経っても、如月が来ないので、大坂城を探してみたが、何処にもいなかったのだ!」
「じゃ、じゃあ、どうするんだよ!」
「隆佐殿と一緒に居たのだが、大坂城に行く間に、隆佐殿はいなくなった事に気付かずに大坂城に来てしまったみたいだ!」
「なんだよー! どうするんだ⁉」
「取りあえず、石田殿などが、如月を探している」
「誘拐なら、何か来ているとか——」
「それはないな。今のところ」
「そうか。見つかりそうか?」
「わからない。どうなっているのか」
「八郎はどうするんだ?」
「私も探してみようと思う」
「そっか、わかった。オレたちも探してみよう!」
「そうだな」
「ふにゃああ(白拍子)!」
嬉しそうだな、エリンギ。