猫と試し切り
ある日、買い物の帰り道、
「ん? あれは」
孫七郎殿が、三つの鉄の輪をはめ、木で出来た柄の刀を持って、どこかに行っている。
「エリンギ、後をつけてみよう」
「エロ関係ならいいが」
「こら!」
孫七郎殿の後をつけると、人気の無い所に来た。
それを、傍らで隠れて見ていると、
「ん?」
オレに向かって、孫七郎殿は抜刀して斬りつけてきた! ギリギリで避けると、
「何だ、猫か。何をしている」
何事も無いようにオレに尋ねてきた。
「えーと、孫七郎殿こそ、なにを?」
「俺か? 俺は、叔父上に頼まれて刀剣の鑑定をしているだけだが」
「刀剣の鑑定? どうやってするんですか?」
「たいした事はない。試し切りだ」
「試し切りって、なにを?」
「これだ」
「これって⁉」
孫七郎殿が指さしたのは、吊るされた褌一丁の死体だあぁぁ‼
「少し離れていろ。これを——」
「‼」
斬ったぁああ! 胴が真っ二つになっている!
「ほう、なかなかの名刀だな!」
孫七郎殿が笑っているぅ‼ あの時、エロ本や薄い本を貰った時の様に! だけど、今回のは怖い‼
「どうした? 猫」
「な、なんで、そんな怖いやり方を……」
孫七郎殿は気にせず、刀を手入れをしている。
「刀の試し切りは死人でする物だ。死人の切れた場所、または何人重ねて斬ったかで判断をするのだ」
「で、でもぉ……」
「そんなに怖がるなよ。猫だって戦うのなら、人を斬るのだぞ」
「うっ……」
「猫、そろそろ刀ぐらい持ったらどうだ。また辻斬りに会った時、木刀で相手に出来なければどうする?」
「……そうですよね。左衛門さん、虎之助さん、八郎、上様どころか、北政所様、お豪ちゃんにまで『成人の証に』って言われていますからね」
「……そうか、いいのがあったら、あげるぞ」
孫七郎殿の目は輝かせ、オレに寄ってくる。
「い、いや! そんな、お手数かけなくても!」
「例えば、これなんてどうだ! 厚藤四郎だ‼」
「うわー! 無視ですか‼」
「次に、鎬藤四郎は?」
「えーと……」
「その次は! 増田来国次!」
「だから! 構いませんって‼」
孫七郎殿は少しががっかりした表情で見ている。
「そうなのか。では、猫、どんな刀が欲しいのだ?」
「んー。刃が無い刀」
「柄だけだろ。それ」
「そうですよねー」
「それとも、刀は嫌か?」
「えっ⁉」
がっかりした表情から一転し、また嬉しそうな表情に戻った。
「剣にするか?」
「け、剣って?」
「あの高山殿が持っているロングソードと言う剣だ!」
「でも、あれ、刀より重いですよね」
王の兄ちゃんは片手で振り回していたけど、
「鍛えていれば、片手で持てる重さだ!」
「そうですけど」
「それとも、小西殿のレイピアか?」
「あー。あれなら……」
あの波打っているレイピアね。
「あれは、見た目はいいが、傷口を広げズタボロにするものだ。猫ぐらいなら、ちょうど——」
「やめてやめてやめて‼ 怖い!」
あれ、怖い武器なんだ。
「お主、どうしたいんだ? 武具が無いとまともに戦えないぞ」
「わかってますけど……やっぱり……真剣は……」
「猫、苦手なのか?」
「人を殺したくないのです。人を殺すと、怪我だけじゃなく、死んじゃって、大切な人が残されるのですよね」
「……」
「……わかった」
孫七郎殿は真剣な表情になった。
「えっ?」
「腰に差すだけでいい。無理に使うな」
「はい」
「ああ! そうだ! 猫、話は変わるが知っているか?」
「な、何ですか。孫七郎さん、急に目の色変えないでくださいよ」
孫七郎さんは試し切りの時の怖さはないが、今の目の色には、何かエリンギと同じものを感じた。
「いやー。如月って知っているか? 白拍子なんだけ——」
「ふにゃああああ‼」
エリンギは飛び上がって、喜んだ。
「お主の飼っている猫が、元気になったな。どうしたんだ?」
「さあ?」
恐らく女関係だ。
「続けるが、如月って言う白拍子がいてな。それが本日、叔父上の前で舞を披露するのだ」
「あのー。白拍子って、なんですか?」
「白拍子ってのはな、舞や唱歌を披露するだけでなく、一夜を共にするのだ!」
「ふーん。一晩、一緒にいるのですか」
「にゃんにゃんにゃーん」
エリンギが喜んでいる。どんなことをするのか、わかった。
「それはもう、如月は……」
「孫七郎さん、その口ぶりじゃ、一緒に——」
「ふっ、叔父上もな」
「……」
「だが、如月はな、風変りな着物と歌舞が特徴的なんだ」
「そうなんですか?」
「なんて言うか……似ているんだよな」
「何にですか?」
「前、猫の不思議な板から流れた歌みたいな音階に」
「えっ⁉」
「いや、気のせいかもしれんが、なんとなく、だ」
「……」
「まあ、そういう事だ。俺は鑑定を続ける」
「……」
孫七郎さんは、また死体を斬った。
「じゃあ、オレはこれで……」
「ああ」
その場から離れたオレたちは会話をした。
「エリンギ、どう思う?」
「さあな。どっちにせよ、白拍子だ……くくく」
「…………」
こいつに聞くのはやめよう。