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備前宰相の猫  作者: 山田忍
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猫と現代

 オレと若様と足軽たちが残った。

 あの御陣女郎のおねーさんたちもいて、足軽たちの服の洗濯や食事を作っている。

 もう、足軽たちはオレのことを何も言わなくなっている。まあ、すぐに飽きるよなと思っていると、

「五だ!」

「ふにゃ(六だ)!」

 近くでにぎやかな声と聴きなれた鳴き声が聞こえる。

「なにやってんだよ! エリンギ……って‼ オレの十円!」

 エリンギの足元には、大量のお金とオレの十円硬貨がある。

「あっちゃ~~! 負けた。この猫、強いな」

 十円を取り、エリンギを捕まえて、

「だからエリンギ! なにやってんだよ! しかも、なんだ⁉ それは⁉」

 タバコを銜えているエリンギは小声で、

「見てわからないのか、ギャンブルだ」

「はあ? 猫がギャンブルをするのかよ?」

「ギャンブルは俺の趣味だ。せっかく勝っていたんだぞ」

「オレの金でだろ!」

 ギャンブルをしている人たちに向かって、

「お金は返します。その代わり、この猫にこんな事をさせないでください」

 エリンギが巻きあげた大量のお金をギャンブルしている人たちに返した。

「えー! まあ、いいけど」

「しゃー(なにぃ)!」

 エリンギは引っ掻いた。

「やめんか!」

 ケンカしていると、若様は目を光り輝かせて、

「猫丸、楽しそうだな」

「いや、別に」

「ふしゃー(楽しくない)!」

 若様はケンカは気にせず、話を続ける。

「猫丸! これを見つけたのだが!」

「えーと?」

 若様は猫じゃらしの草を、オレの目の前で振っている。

「猫はこれが好きではないのか?」

「だーかーらー‼ 人だ! こういうのは!」

 猫じゃらしの草を奪い、エリンギの目の前で振った。

「うううっ……。しゃー(バカにするな)!」

 エリンギは猫キックを繰り出した。

「いってえ~! なにするんだよ!」

「しゃー(アホか)!」

「なんだと! コラァ!」

 第二ラウンド開始だ。

「やはり、楽しそうだ」

「違う!」「ふぎゃ(違う)!」

 エリンギとオレがケンカした後、

「そういえば、猫丸」

「なんだよ?」

 もう、どんなことを聞かれてもいいやと、思っていると、

「猫丸の初陣はまだか?」

「う、初陣って……?」

「戦に初めて出陣する事だが?」

「い、いくさぁ~⁉ するワケないだろ‼」

「えっ⁉ した事無いのか⁉」

「当たり前だ! 戦なんてするワケないだろ‼ オレたちの国は戦争をしてはいけないんだ‼ 前も国が戦争をするって法律が出来た時も多くの人がデモって言う反対運動をしたんだぞ! 戦争をしたら、たくさんの人の命やら思い出も無くなるんだぞ‼」

「……猫丸」

 若様は無表情で淡々としている。

「な、なに?」

「何故、戦をしてはいけないのだ」

「……えっ?」

「戦をすれば、人は死に物は奪われて無くなるのは当然だ。私も戦をする限りは、殺されて首級になるかもしれないし、全てを失うかもしれない。しかし猫丸、戦をする事で生きている民もいるのだ。戦が出来ない民を守るのも私達のする事だ」

「…………」

 こんなオレと同じぐらいのヤツが、自分の死を考え、国の事を思い生きてるなんてさ、オレたちの時代は、学校行って部活して、帰ったら家族と夕飯を食べて、好きなテレビ見てゲームして友達とSNSして一日を過ごすのに、オレが考えていることなんて、もう少しで始まる映画の事なのに、

「——お前、したい事とかあるのか?」

「私がしたい事は父上の為、国の為になる事だ。それ以外の事は考えていない。この四国征伐も土佐の長宗我部が父上の命を承服しないからだ」

「それでか、別にお前が行かなくても」

「父上は私を讃岐方面の総大将に選んで下さったのだ! この(たの)みに応えねばならないのだ!」

「な、なにを考えているんだ! お前の父ちゃんは!」

「父上は私の事を大切にし、信頼して下さる。そんな父上の為、四国征伐を成功させねばならないのだ」

 若様の口調こそは普段通りだが、力強い意志が言葉から見えてくる。けど、

「でもさあ……」

「どうした?」

「お前、堂々としているよな……。オレと同じくらいなのに……」

「そういう風に見えるのか。堂々としていないと、私は他の武将どころか宇喜多の兵にまで、見下されてしまう」

「……」

 死や国だけでなく、自分の行動一つで多くの兵の忠誠心まで、影響を及ぼすなんて、この年でそこまでのことを抱え込むなんて、

「……ところで、自分のこれからとかは?」

「私自身の先の事か……。父上の力になる事だ」

「……」

「猫丸、お主の国には戦う事は無いのか」

「まあ、テストや体育祭、大会で競い合うことはある。けど! 命や思い出を奪うことは絶対にしない!」

「戦うのに、何も奪わないのか?」

「そうだ。負けても死ぬことも奪われることもない。それどころか、負けることで得ることもある」

「負けたら失うだけなのに、何を得るのだ」

「失敗して次の成功の道だ」

「次があるのか……」

「ああ! ある! 生きている限り、次はある!」

「——猫丸、改めて聞く、戦のお主の国はどんな国だ」

「オレの国は……」

 現代の大人や子どもの日常や、家族や友達、学校のこと、話すだけ話してみた。若様は一つ一つの事柄に身を乗り出し、驚いたり興味を示したりした。

 驚きの表情を見せてくれた若様は、オレの世界の人間と変わらないように見えた。これならば、と言う考えも出てきた。

「——それで何だ! ちーずばーがーと言う物は⁉」

「それはな……」

 話し込んでいると、夕方になり、あの黒田官兵衛が戻ってきた。

「あ、黒田殿! 様子は?」

 黒田官兵衛は、ため息をついて、

「今日はもう遅い。明日話そう」

「そうですか。わかりました」

 そして夜になり、

「猫丸、夕餉だ」

「おお! 晩飯‼」

 晩飯は具だくさんの雑炊だ。湯気を立てて、それが食欲をそそる。雑炊は濃い味噌味が効いている家庭的な味だ。

「……」

「どうした?」

「いや」

 ふと、家族のことを思い出した。みんなで食べる夕飯を、

「猫丸?」

「あ、ああ」

 ここには人はいる、足軽も若様も楽しそうにしている。けど、平和の中で食べる食事ではない。戦の中で食べる食事だ。

 戦の最中なのに、なんで楽しんでいられるのだろう。

「若様」

「何だ?」

「若様って、戦は怖くないのか?」

「怖いのならば、最初からしていない」

「そっか」

「猫丸は怖いのか?」

「当たり前だ。怖いに決まってる。死にたくない」

「ならば、戦を早く終わらせねば。だから安心しろ」

 若様は優しい顔だ。それだけで恐怖を忘れてしまう。

「そう言えば、えりんぎは食事をしないのか?」

「はっ!」

 エリンギを見ると、ご飯に味噌汁をかけた猫まんまがあり、オレらを不満そうに見つめている。

「せっかくの汁かけ飯なのに」

「食べろよ。エリンギ」

 若様は鳥肉を持って、

「私の鴨を一切れあげようか?」

「ふにゃ——」

「やらんでいい! エリンギはエサをあげると、つけあがるヤツだ!」

 鳥肉を奪って、若様の口に入れた。

 エリンギは絶句した表情から一変、大激怒して、

「ふぎゃあああああぁぁぁぁぁ‼」

 案の定、オレに襲いかかってきた。

「てめえが厚かましいからだろ! エリンギ‼」

「しゃああああぁぁぁ!」

「くくっ」

 若様は、オレたちを見て笑いをこらえている。それを見てオレは、

「ニャハハハ」

「はー」

 ガブッ!

「いでええええ!」

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