猫と褒美
それから数日後、
「ううっ……、緊張するなあ……」
オレは八郎の着ていない直垂を借りて、上様の元に行った。
「猫丸、相手は父上や知っている者達だけだ。緊張する事はない」
「でもなー」
緊張するよ。普段と違うのわかるし。
「猫丸、行くぞ」
「ああ……」
こうして、大坂城表御殿に行った。が、その最中に、
「これって……」
人込みがあったので、その中を見ると、あのオレをフルボッコにしたヤツの首が台に置かれている。どうして、こんなところに?
「ああ、あの辻斬りの首だ。晒し首にしたのだ」
「晒し首に?」
「大谷殿が殺してしまったからだ。父上としては、牛引きにしたかったみたいだが」
「牛引き?」
「両手両足に牛を繋いで、それで引っ張って引きちぎる処刑法だが……猫丸?」
「やめろおお! 恐ろしいから、やめろおおおお!」
「そうか。ならば言わない」
「だけど、もう一人の方は?」
辻斬り一人だけの首だ。もう一人いたはずだが……。
「そっちの者は、被害に遭った者として葬儀した」
「そうなの⁉」
「事情が事情だ。だからそうした」
「そう、か……」
なんとなく、ほっとした。
辻斬りの首を後にして大坂城表御殿に着いた。
「おおっ! 来たか!」
上様以下、見た事ある人たちが正装で周りに座っている。
それを見て余計に緊張した。
「猫よ。緊張しているのか?」
「は、はい!」
「そんな緊張せんでもよい」
上様は優しく言ってくれたので、少し緊張が解けた。
「わかりました」
「では、猫に褒美の黄金十枚をあげよう」
「猫丸、良かったな」
「ふにゃあああああん‼」
八郎だけでなく、皆喜んでいる。その中で一番喜んでいるのは、猫だが……。
「あ、あの、上様!」
「何じゃ?」
「あの、このお金は——」
上様にお金の使い道を言った。
「な! そうか! なら、その様に使おう!」
上様は快諾してくれた。
それから、
「わーい」
走り回っている子供たちを見ていると、八郎は、
「猫丸、お主はこの様に使ったのだな」
嬉しそうに笑った。
「ああ、そうしないといけないだろ」
お金の使い道は、
『あの、このお金は全額、辻斬りに殺された人のために使ってください』
『な! そうか! なら、その様に使おう!』
『猫丸は悪銭一文もいらないのか⁉』
『はい。辻斬りの被害に遭った者は皆人夫で、家族を養っている者ばかりです。その者がいなくなった事で、明日の生活もわからぬ者が増えました』
『馬鹿猫、誰が被害に遭った者か、わかるのか⁉』
『はっ。聞き込みの際、どこの誰が殺されたのか、全て調査済みです。その者たちの名はこちらに……』
石田殿に被害者リストを見せた。
『……そうか。わかっているのか』
『猫よ。本当に何もいらないのか?』
『当然です。殺された人夫の大半は家族のために働いた者たちです。その人たちがいなくなった分、懸賞金は残された人たちに使ってください』
『よし、わかった! 猫の願いを尊重しよう!』
こうして、黄金十枚は全額寄付されたのだ。
「猫丸、確かにお主の御蔭で皆が笑って過ごしている」
「そんな事はねえよ。オレはただ、当たり前の事をしただけで……」
「猫丸、普通の者はそれが出来ないのだ。皆、目先の欲に目がくらむのだ」
「そうか? 普通の事をしただけだぞ?」
「猫丸、不思議だな」
「なんだよ。おい!」
するとエリンギが、
「バカ猫! 何てことをするんだ! 黄金十枚だぞ! 黄金十枚‼」
猫パンチをしてきたので、避けた。
「いいじゃねえか。被害に遭った人たちは、ある程度、生活出来るようになったんだぞ!」
「被害者はだろ! 俺の遊ぶ金は⁉」
「エリンギの遊ぶ金⁉ そんな物知るか!」
「何ぃ‼」
今度は引っ掻き攻撃になった。
「いてて……。引っ掻くなエリンギ!」
オレとエリンギがケンカをしていると、
「どうした? 猫丸とエリンギが喧嘩をして」
「い、いや、なんでもない」
「ふにゃ~あ(無い無い)」
ほっ……。
「それにしても、猫丸、前は騒がしかったな」
「ああ、目が覚めた直後だったのに」
「今夜は二人で飲まないか?」
「えっ⁉ でも……」
「何度も飲んでいる仲だろう。今更、二人で飲んでも構わないだろう」
「あ、ああ……。そうだな」
「ふにゃああああ!」
エリンギ、誰でも飲む気だな。
「決まりだ。帰ったら飲むぞ」
「ああ」
そして夜、今夜の月は美しい。
「猫丸、月見酒はいいものだな」
「ああ」
「ふにゃ(いいぜ)!」
「猫丸」
「ん?」
「この度は感謝している。お主がいたから、この辻斬り騒動は解決したのだ」
「そ、そんな、大げさな」
「大袈裟ではない。猫丸、私は事実を言っているだけだ」
「八郎……照れるぜ」
胸がドキドキしてきた。
「ふっ、猫丸」
「ニャハハハ、八郎」
夜は静かに過ぎた。