猫と千人切り
夜、オレたちは人夫の格好をして、エリンギが予測する場所に行った。
夜の大坂も相変わらず、誰もいないし、明かりもない。
あるとしたら、星と満月の光だけだ。
「来たぞ。ここに辻斬りが来るのだな」
「たぶん……そうだろ、エリンギ」
「ふにゃ(ああ)!」
「しかし、誰もいないな。これならば狙われるのは、私達になるな」
「キンチョーするなー。今回は練習用の木刀を持ってきたけど……」
「言いだしたのは猫丸だ。ここで大谷殿が犯人かどうかわかるのだぞ」
「ああ、逃げないさ」
一時間ぐらい経ったけど、誰もいない。
「来ないな」
「——エリンギ。ホントにいるのか?」
「たぶんここだろう、って推測だ。外れるかもしれないぞ」
「なんだよ! それ!」
エリンギを掴もうとすると、
「猫丸‼」
「⁉」
オレの後ろから斬られそうになった。が、八郎のおかげで何とか避ける事に成功した。
目の前には覆面をして刀を構えている男がいた。
「こいつがそうか!」
「猫丸、行くぞ!」
「ああ!」
オレたちは辻斬りに向かって行った。
辻斬りが刀を振り下ろしたが、余裕で避け、腕を叩いて刀をおとした。
「くそ!」
刀を取ろうとしたが、それより速く蹴とばすと、八郎が刀で辻斬りの頭を叩いた。
「ぐあ!」
辻斬りが倒れると、
「猫丸!」
「よし!」
二人がかりで辻斬りを縄で縛りつけた。
「やったぞ!」
「これで事件は解決か」
「だが、猫丸。大谷殿ではないと思うが、犯人の正体を調べてみないと」
「あっ! そうだな」
辻斬りは覆面をしているので、外して確認した。
顔を見ると、
「大谷殿ではないな」
刑部さんではなく、身なりのいい中年男だ。
「お前は誰だ?」
「……わしはその辺の商人さ」
「何故、商人が辻斬りを?」
辻斬りは涙を流しながらつぶやき始めた。
「……つい最近、息子を病で亡くしたのじゃ。……息子は優しく出来が良い子じゃった。が、亡くなってしまった。……そこで、蘇る事は出来ないかと、あらゆる手を使った。……そして、わしは、ある祈祷師に会った。全財産を渡して得た答えは、人夫を千人殺す事じゃ……」
「「なっ⁉」」
「わしは、人夫を殺した。息子が帰って来る事だけを信じて……」
「そ——」
「そんな事をして生き返らせて、何になると言うのだ‼」
「八郎」
オレより速く、八郎は怒鳴った。
「私も大切な者を地震で亡くした。もし、生き返るのなら生き返ってほしい。だが、私は千人切りはしない‼ それをした事を知ったら、そなたの息子はどの様に接すればいいのだ⁉ 優しいのならば、なおさらだ‼」
「……」
「そして、そなたが殺した人夫にも、妻や子がいた者もいる。その者達はこれから、どの様に生きればよいのだ! その者達も悲しみは同じだ‼」
「…………」
「そなたも、本当は分かっているのだろう。死んだ者は生き返らない事も……」
「…………わかっていました。……わしは、……わしを捕まえ——ぐああ‼」
「「⁉」」
辻斬りの男の胸には刀が刺さっているが、その刀は抜かれ、血を噴いて倒れた。
「おい! お前!」
辻斬りは動かない。
「何者だ⁉」
辻斬りの後ろには、武士らしき男が立っている。
「おやおや、これが本物の辻斬り? 弱いね」
「何者だと聞いている」
武士らしき男は、ニヤニヤ笑って、
「最近、辻斬りが悪さをしてるって聞いたから、辻斬りの真似事だよ」
楽しそうに答えた。
「真似事? まさか、お前⁉」
「三日前から初めてね。結構楽しく殺しているよ」
「猫丸、辻斬りは!」
「もう一人いたんだ!」
「でも、もう辻斬りはやめるよ。辻斬りは死んだし、金十枚貰って遊んで暮らすよ」
「辻斬りにやる懸賞金なんてねえよ!」
「辻斬りを倒したのは、おれだし、辻斬りって知っているのは、うぬらだけだろ——つまり、うぬらを殺せば、辻斬りはこれだけになるし、今までしてきた事もこいつの仕業になるし、おれが辻斬りって誰も知らない!」
「‼」
「猫丸」
相手の刀を押さえつけたが……ダメだ! 力が、力が違いすぎる。
それに速い!
「猫丸! 私も加勢に——」
「八郎! 逃げろ‼」
「な、何を言う⁉ お主を置いて、私一人で——」
「逃げろって言ってんだろ‼ こいつは、オレたち二人がかりでもムリだ!」
「しかし——」
「八郎‼ 言う通りにしろ! お前まで死んだら、意味ないじゃないか! お前だけでも生きて誰かを、助けを呼ぶんだ‼」
「! わかった、猫丸! 待っているのだ!」
八郎は決意を決めて走った。
「あ~あ、助けなんて——」
「させるかぁ!」
辻斬りの頭を叩こうとしたが、それよりも先に辻斬りはガードした。
そして、八郎の姿は見えなくなった。
「……ジャマするのか?」
「ああ、行かせねえよ」
「ならば、うぬの骸を晒してやるさ! 死ね!」
また刀が振り下ろされた。
「くっ!」
やっぱり力が強い。押さえるだけで精一杯だ。こりゃ勝てないかもしれない……けど、
「負けるか!」
「おっと!」
軽々と避けた。
「腕に少し覚えがあるってところか。……だけど、おれの相手にはかなり弱いねえ!」
「ぐわぁ!」
木刀が飛ばされた。




