猫と疑惑
「なんで刑部さんが、犯人ってなってるんだ⁉」
「大谷殿が⁉ まさか⁉」
「……千人切りだ」
石田殿は瞬きをしながら言った。
「千人切り?」
「紀之介は業病を患っていて、顔が爛れているのだ。その回復祈願として、千人殺して、その血を舐れば回復するとの事で、千人切りをしている噂だ」
「顔が⁉」
「ああ、今と昔では違いすぎる」
「ですが大谷殿はその様な事を⁉」
「上様は否定をしているが——上様曰く、紀之介の台頭を妬む者達の仕業であるとな」
「石田殿はどうなんだ⁉」
「私は上様と同じだ。紀之介は千人切りをするような者ではない」
オレ達が話していると、
「何の話かね?」
「紀之介」「大谷殿」「刑部さん」
後ろから刑部さんが話しかけてきた。
「あ……その……」
「もしかして、辻斬りかえ?」
「あ、はい。あの……刑部さんは犯人じゃないですよね‼」
「僕が? 辻斬り?」
刑部さんは驚いているのか、困っているのか、声と目だけではわからない。
「あ……」
「さあ? 僕だと思うのなら僕だと思えばよかろ。犯人は誰でもよかろ。ほほほ」
刑部さんは去って行った。
「ね、猫丸……」
「馬鹿猫」
石田殿の声に怒りはあるが、オレには、ある覚悟が出来た。
「よし、わかった‼ 犯人を見つけ出してやる!」
「えっ⁉」
「馬鹿猫の分際で?」
「馬鹿猫でも真犯人を見つけてやるさ! それで刑部さんではないことを証明してやる!」
「猫丸、お主がその気なら、私も協力しよう」
八郎も真剣な目で見つめている。
「ああ! 悪いな、八郎」
早速、事件を捜査するには……。
「取りあえず、情報とかない?」
「情報? 犯人の姿ならあるが……」
「それもだけど、骸とかが、どうなっているのとか」
「それは無いぞ」
「えっ⁉ ないの⁉」
「当然だ。必要がない」
「そんな~。そういうので死んだ時間とか、わかるのに~」
「そうなのか⁉ 猫丸?」
「……けど、オレはわかんね」
「わからないのか」
「だけど、聞き込みをすれば、何かわかるかも」
「聞きに行くのか? 猫丸?」
「ああ! 絶対、犯人を見つけてやるさ!」
「……何故、捕まえる気になった?」
オレを見る石田殿の目に冷たさがある。
「刑部さんには世話になっているからさ。——それに」
「それに?」
「刑部さん、病気で顔を隠していたのか。前、顔を見るなんて悪い事したからさ、せめてもと思って」
「……あやつにとっては、汝如きがした事、気にもかけないだろう」
石田殿は去って行った。その入れ替わりに、
「お兄様ー! 猫様ー!」
「お豪!」「お豪ちゃん!」「ふにゃ!」
お豪ちゃんが早歩きで来た。
「お兄様! 遅いでする! 何かあったのです?」
八郎を不安そうな目で見つめている。
「お豪、すまない。実は本日は遊べなくなってしまったのだ」
「何かあったのです⁉」
「辻斬りを捕まえる事にしたのだ」
「辻斬りを⁉ では、お豪も——」
「駄目だ‼ お豪を危険な目には遭わせたくない!」
「! ……」
「お豪ちゃん。辻斬りを捕まえたら、みんなで遊ぼう。だから、それまで待ってくれないか?」
「…………わかりました。お兄様と猫様が大坂を守るのですね!」
こうしてお豪ちゃんと別れ、宇喜多屋敷に戻った。
「じゃあ、聞き込みを開始するか! 八郎はどうする?」
「私は武家屋敷を訪ねて聞いてみる事にする。猫丸は?」
「オレは町中の人に聞いて回るよ」
あと、もう一匹、小声で、
「エリンギは?」
「俺は、ニャンコワークを駆使して聞いてみる。ガールハントも兼ねてな」
「おい!」
「どうした。えりんぎに怒って、とにかく調べるぞ」
「ああ!」「ふにゃ!」
こうして調べる事にした。
調査し終わった。その夕方、
「あのさ、死体の場所と殺害方法は聞いたぞ」
「私は怪しい者を聞いたが……得られなかったな」
「これまで二十件起きたが、辻斬りは夜中に実行して朝に死体が見つかっている。被害者は全て人夫だ。これが被害者の名前と住所だ」
八郎に被害者リストを見せた。リストを見ながら、八郎は、
「確かに見つかったのは朝方だったな」
「そして、死体を見た人たちの話を集めて推測すると、背後から気づかれない様に背中を斬った。が、大半はまだ存命で助けを求めようとして、歩いた跡がある。——だけど、ここ三日前から一日に二回、辻斬りが行われている」
「二回もか?」
「ああ、時間は違うが一つはさっき言った背中を、二つ目が、あの片足を斬り、めった斬りやめった刺しに、したものだ」
「あの、酷いものか……」
最後にエリンギに聞いてみると、
「忘れた」
あっけらかんと言った。
「なんじゃそりゃ‼」
「猫丸、急にえりんぎを怒鳴って、どうした?」
「いや、なんでもない」
しかし、エリンギは小声である事を言った。
「が、犯人が来そうな場所は大体予想出来る」
「えっ⁉ そうなの⁉ それなら、そうと言えよ」
「関係ない事だと、思ったからだ」
「大事なことだ‼」
「いったいどうした? えりんぎに怒って?」
「八郎! 実はエリンギの勘で犯人が来そうな場所がわかるって!」
「な、そうなのか⁉ わかるのか⁉」
「ああ!」
「ふにゃ」
エリンギも頷くと、八郎は勢いよく、
「これで辻斬りを捕まえる事が出来るのか! では、今から——」
「八郎! こう言うのって、現場を押さえた方がいいって、マンガやドラマではそうしている」
行こうとした所を止めた。
「現場を押さえる?」
「辻斬りが誰かを襲おうとした時に捕まえるのがいいみたいだ」
「そうか。それならば確実に辻斬りだ。だが猫丸、囮は我々がなるぞ」
「ああ、その方がいいな!」
「——それにしても、一晩で二人も殺害する様になったか……」
「こりゃ、早く捕まえないといけないな。けど、焦っちゃダメだ」
「夜まで待とう。猫丸」
こうして、夜になるのを待った。