猫と三穴
「またか」
余震続いたせいか、少しの揺れは気にならなくなったこの頃、
「エリンギー! 出かけないか?」
「いいぞ」
エリンギと外に出かけていると、
「ん?」
ヒソヒソ話が聞こえたので、聞いてみると、
「あれが、宇喜多の所の猫か」
「宇喜多って母親が殿下に三穴を捧げて、出世した大名だろ」
「あの猫は雄みたいだから、興味はないのだろうが」
「雌ならとっくに……おい! 見てるぞ‼」
ヒソヒソ話をしていたヤツらは去って行った。
「? 三穴?」
三穴って、何か考えていると、
「どうしました? 猫殿?」
「⁉ 王の兄ちゃん! いつの間に⁉」
後ろから、王の兄ちゃんが話しかけてきた。
「だけやないで」
更に王の兄ちゃんの後ろから、弥九郎さんもいた。
「弥九郎さんまで、なんですか?」
「一緒におって悪いん?」
「いや、悪くはないけど、なんか用?」
「エケレンジヤでの用が終わったので、食事をしようかと、猫ど——」
「行きます!」
食事だ。食事! エリンギも喜んでいる。
「言い終わる前に……猫さんと猫、あんまりガツガツ食うたらあかんで」
「……はい」
「……」
手にレイピアを持ちながら言わないでください。弥九郎さん。
そうして、連れられたのは飯屋だ。
「おおーっ! 魚だ! 魚!」
「ふにゃ~!」
「ここでよろしいですか?」
「ああ!」
「では、どうぞ」
オレは魚を食べながら思い出した。
「王の兄ちゃん、三穴ってなに?」
「⁉ 聞いていたのですか⁉」
「ああ、ヒソヒソ話、聞こえていたっす」
「右近さんに代わって、儂が教えたる。三穴ちゅーん——」
説明をしようとしたら、弥九郎さんの口の前に、あの十字の形をした剣がある。が、
「——は知らんでええ事や!」
弥九郎さんは動じず普段通りに返した。
「……」
王の兄ちゃんは剣を納めた。
「この事は絶対に宇喜多殿に話してはいけません」
「……せやな」
「わかった」
前行った細川殿の傷の時以上に真剣な表情だ。その言ってはいけない気持ちは伝わるが、弥九郎さんはどこか表情に憂いがある。
「では、猫殿。食事は終わりましたので、私はこれで」
「儂もや、また会おうや。猫さん」
二人が去り、オレの食事が終わったので帰る事にした。
その帰り道、
「……エリンギ、三穴って、そんなに恐ろしいモノなのか?」
三穴の事は、八郎には言わないが、意味だけは知りたいと思った。
「三穴は女にある穴だ」
「三つもあんのか⁉ 二つはわかるけど! 後の一つはなに⁉」
エリンギは呆れて、
「……昨今の小学生より、知識がなさ過ぎるぞ。前言ったろ、上様と母様が同じ床にいたのだと、それの事だ」
「あっ!」
「で、バカ猫。話してはいけませんと、言っていたが、お前は言うのか?」
「言うワケないだろ!」
「言わないのか?」
エリンギは憎らしい顔で見た。
「当たり前だ‼ ん?」
壁を見ると、おびただしい数の血痕が付いていた。
「な、なんだこりゃあ⁉」
後ろから町娘が現れて、
「ああ、これ。朝見たらここに、背中を斬られて倒れた人がいたのよ」
「斬られた⁉」
「ええ、その人はもう亡くなっているわ。なんでも人夫をしていた人だけど、他の人たちの話では、恨みを買われるような人ではないみたいだけど……」
「ええ~~! こ、こんなところで……」
こんなところで殺人かよ!
そして、宇喜多屋敷の八郎の元へ、
「帰って来たのか。どうした。すごい顔をして」
「いや~。八郎、実は——」
八郎にあの殺人事件を話した。
「そうか。そんな事が……猫丸、気をつけるのだぞ」
「わかった」
そして夜、エリンギは、
「これだけで済まないかもな」
「えっ⁉」
翌日、早朝の事、
「さあ、行くぞ」
鍛錬の一つ、早朝ジョギングをしていると、
「ん?」
何やら人だかりが出来ている。
「おいおい。まただぞ」
「これで、二件目だな」
人をかき分けて見ると、背中を斬られて死んだ人がいる。
その壁や道には楕円や円の血痕が飛び散っている。
「う……」
戦ではなく、こんな町中で人殺しが起きるとは……。
「あ、あんたぁ~~」
「父ちゃん!」
妻子らしき人がやって来た。
「夕刻から帰って来ないから……。こんな事になってるなんて……」
「父ちゃん……起きてよ……」
その妻子は遺体に抱き着き、泣きすがる。
「あれは、権兵衛さんのとこのおかみさん。権兵衛さんは働き者で、一家を大切にしている人なのに……」
「そういえば、権兵衛さんも人夫だったな」
「えっ?」
そして、また翌日、
「おい! まただぞ!」
「これで三人目だ!」
「また人夫だぞ!」
屋根に移って見てみると、また人が背中を斬られて殺されている。
「おいおい……」
「ほらな」
エリンギの言ってた通りになった。
「これって……虎刈り?」
エリンギが猫パンチをして、
「辻斬りだ! バカ猫‼」
「いでっ‼」




