飼い主と兄(後編)
そして、父様は死に、宇喜多家は混乱した。
『兄様、これから、私達はどうなるのでしょう?』
『それは分からない。——もし、これで没落しても、私が三浦家も宇喜多家も復興させてみせるさ。だから気にするな』
『……はい』
ある日、私達の所に後の上様がやって来た。
子供のいない上様は、私を気に入り、大層可愛がってくださった。
上様が来た、そんな夜の話だ。
『母様』
私は母様に用があり探していると、母様の声がする部屋があった。だが、その声は普段の優しい声ではない異様な声だったので、覗いて見ると、上様と母様が同じ床にいたのだ。
『…………』
それを、ただ見ていると、
『八郎』
『兄様』
私は兄様に抱き着き、泣きそうになると、
『泣いちゃだめだ……絶対に泣くんじゃない……母上のしている事は、私達のこれからを思っての事だ……』
『…………はい』
私は見てしまったのだ。見てはいけない物を、
「なんで、同じ布団に入っちゃいけないんだ?」
オレが疑問に思っていると、エリンギが八郎の足元によって来た。
「ふにゃああああ! ふにゃああああああ‼」
「ど、どうしたのだ? えりんぎ?」
「ふにゃああ!」
エリンギを抱っこして、こっそり話を聞くと、
「お前、こんな話を聞かないアホがいるか! もっと詳しく聞かせろ‼ バカ猫! お前の方からも言え‼」
「オレの方って……もしかして、エロい事かぁ‼ 誰が聞くかぁ!」
「ちっ!」
エリンギは不愉快そうだが、八郎は涙目で見つめている。
「猫丸、私は以前、お主に聞いたはずだ。親の伽を見た事あるか、と。それが、この事だ」
「あ……」
『八郎……いや、若様』
兄様は恭しく言った。
『兄様! 八郎でいいです‼』
『よろしいですか、若様。若様が宇喜多家を継いだ様に、私も三浦家を復興します。それが母上の願いだからです』
『兄様……』
『心配しないでください、若様。三浦家が復興しても、私は若様の元、忠誠を誓います』
『でも……』
『私は若様を裏切りません。そして、若様が間違っている時は、声高く間違いを指摘します! ——それは家臣としてではなく、兄として、だ』
『兄様……』
『だから、若様。これから、堂々として下さい』
『はい!』
私は、母様と兄様の為に宇喜多家に恥じぬ生き方をしよう。そして、私を大切にしてくださる上様の為に力になろうと、誓ったのだ。
そして、母様や兄様と大坂城に行く事となった。
そんなある日の大坂城での話だ。
『若様、土産でございます』
大坂城に居た時、兄様が包み紙を持って、私の元に来たのだ。
『そんな仰々しいです。兄様、八郎でいいって言ったのに』
『どうぞ、お受け取り下さい』
『……これは?』
包み紙を開けると、中には饅頭が入っていた。
『では、頂きます‼ ——美味しい!』
『そうですか! 良かったです!』
饅頭を食べ終わると、
『この饅頭、お豪にも食べさせたいです!』
『そう言うだろうと思い、はい! 饅頭でございます』
兄様は、もう一つ包みを出した。
『わあ! 有難うございます。兄様‼』
お豪に渡してくると、
『若様、美味しかったでしょうか?』
『はい! 兄様‼ その……』
『どうしました?』
『饅頭のお代わりが欲しいです!』
『お代わりですか? これは京で買って来た物ですが……いいでしょう! 買って来ましょう』
『わあ! 兄様!』
『そんなに喜ぶ事ですか?』
旅支度を終えた兄様は、
『では、行って来ます! 若様!』
『行ってらっしゃい! 兄様‼』
こうして兄様は京に行った。
そして、天正十二年十一月二十九日の事だ。
その日、地震が起きた。
幸い、大坂には大きな被害は無かった。
被害がないので、いつも通り、お豪の所に行くと、
『た、大変です! 桃寿丸様が、桃寿丸様が!』
『兄様がどうした?』
『お亡くなりになりました‼ 京の饅頭屋の下で見つかりました!』
『…………え』
そして、骸を見ると、紛れもなく兄様だった。
私は一人、部屋に戻り、
『に…………いさ…………ま…………』
ただ、ひたすら泣いた。
あの時だ。
あの時、私が饅頭のお代わりの催促をしなければ、兄様は……。
「兄様はその日、京に行く事はなかったのに‼」
「八郎」
「猫丸、私が饅頭を買いに行くなと言ったのは、お主までいなくなるかも知れないと、思ったからだ」
「八郎、それはお前一人だけじゃない。事故や病気、殺人、自殺……そして地震。それだって、もしあの時、ああすれば、こうしなかったらって、思っている人は星の数ほどいる。その残された人たちは、その中で生きている」
「……猫丸」
「死んだ人は生き返らない。過去は戻ってこない。その死んだ人のために、今なにが出来るか、それをする事だ」
「! 私は——」
私がする事は……。
「私は、母様と兄様、そして上様の為、宇喜多家の当主として、堂々と生きる!」
「そうか! じゃあ、オレは八郎を裏切らない! 八郎が間違っている時は間違っているって言う! そして、八郎より先に死なない!」
「猫丸!」
「オレは約束する」
「猫丸、感謝する……」
「八郎……」