猫と武将
や、野盗か! どうすれば⁉
「金を出せ」
「か、金って……」
持っているお金は、お札は無く、硬貨だけで何とかなるのか?
カバンから財布を出そうとした時、
「金を出す必要は無い」
「な——ぎゃああああ!」
何が起きたのかと、思う間も無く、
「ぐあああああ!」
へたり込む音がして、
「ひ……ひいいいいい!」
「お、おい! 逃げるぞ!」
怯えた声と野盗たちが逃げ出す音がした。
「顔を斬っただけだが……小心者だな。猫よ、怪我は無いか?」
暗闇の中、声とうっすら見える体格でわかるのは、
「あ、あの、昨日、助兵衛さんと言ってた人ですよね」
「ああ、そうじゃ」
「あ、あの、また助けてくれて——」
「礼はいらん。礼を言うのは儂の方じゃ」
「えっ?」
「若様の相手をしているからじゃ」
「い、いや! 相手ってほどでは……」
「若様には同じ年頃の者が少ないから、お主との話が楽しいのじゃろう。もし、礼をするのなら若様と仲良くしてくれ」
「ああ、わかった」
「若様の友になるのならば、名を名乗らんといかんのう。儂の名は花房助兵衛職秀じゃ。猫丸殿、若様を頼む」
「はい。あと、野盗の事は内緒にしてもらえますか」
「野伏せりの事か? 何故じゃ?」
「若様に心配かけたくないので、それで」
「わかった。約束しよう」
そうして朝になり、話すべきヤツに話をした。
「昨日、どこで寝たんだ? エリンギ」
「あの民家の中だ。あそこの奥さんと娘さんは美人だから、ついつい可愛い猫ちゃんとして遊んだぞ。楽しかったなあ……」
エリンギは、またスケベオヤジの顔になっている。
「オレが野盗に襲われたのに、お前は遊んでいたのか‼」
「そうか、それは残念だな」
「なにが残念だよ! たくっ!」
「俺も不愉快だ。あのボンボンが出るたび奥さんやわかりやすく変わるからな。まったくもって不愉快だ」
「はい。そーですか」
「猫丸、よく眠れたか。昨日、少し騒がしかったが」
若様は爽やかに、何も知らず出て来た。
「まあ、はい……」
約束は守られているみたいだ。よかった。
こうして、戦をするための準備をしている。
「次の戦だ。ここらの城もすぐに落としてみせる」
「また、死体とか怪我人とか出るの?」
「死体? 死人の事か?」
「まあ、そんな感じか」
「出るだろうな。だが、それは全て敵の者だ」
「はあ……」
なんで、こんなに堂々と言い切れるんだろうか? それより、オレが嫌なのは死体の方だけど、それに気づいてない。
と思ったその時、叔父上と呼ばれていた人物が、
「若様、高松城の様子を見て、勝賀城が無抵抗で降伏しました」
「そうか、根切りの策が功を奏したな」
「その様です」
「流石は黒田殿だな。頼りになるお方だ」
「黒田殿がいれば、讃岐の制圧は予定よりも早く終える事も可能でしょう」
「ああ、父上もお喜びになるだろう」
「よろしいですかな」
若様の前に現れたのは、細身でボロボロの肌で長い顔の四十前の男が、杖を突いて歩いて来た。
「ああ、黒田殿」
「儂は里人から、植田の郷に新しい城を築き、元親の居城の白地城の後方を守備させる戦法だと、話を聞いたのだ」
「では、我等で——」
若様が動こうとすると、
「待ちたまえ。儂が見付け出してから、その植田城を攻撃しよう。——宇喜多殿」
「何でしょうか?」
「そちらの兵将を五人ほどお借りしたい」
「承知した。それでは私は……」
黒田殿と言われた男は、ギョロ目の鋭い眼差しでオレを見て、
「その猫と戯れるが良い」
「——ぎょ、御意のままに」
って、オレ知られているんかーい!
「お、おい! 誰だよ。このおっさん⁉ それになんで、お椀を持っているんだよ!」
「これは兜じゃ」
「えっ⁉ これも兜なの?」
「猫丸。このお方は、四国征伐で讃岐方面の軍監をなさる、黒田官兵衛殿だ」
「黒田官兵衛? 軍師官兵衛なら聞いたことあるけど?」
エリンギはため息をついているように見えるが、黒田官兵衛と言う人は呆れて、
「何じゃそれは? とにかく儂は植田城を見て来る」
「では、若様……」
あの叔父上と言われた人と花房のおっちゃん、以下三人の人たちが黒田官兵衛と一緒に行った。
「猫丸、黒田殿は鳥取城で兵糧攻めをし、備中高松城では水攻めを成功させたと言う逸話を持つ、知恵が回るお方なのだ」
「兵糧攻め?」
「兵糧攻めとは、周辺の米を買い占め包囲して飢餓に追い込む手立てだ。聞いた話では食糧が無くなり、人を食べて応戦したと……どうした? 猫丸?」
想像はしたくない。したら、その人たちの恐怖とか、考えるだけで地獄絵図じゃん。
それより若様、嬉しそうに言わないでください。結局、人殺しの話でしょ。
花房のおっちゃんと約束したけど、守れるのか不安になってくる。
「猫丸、ところで軍師官兵衛とは何者だ? 黒田殿によく似た名だが、その者も優れた智将なのか?」
「軍師官兵衛ってのはドラマで——」
「どらま? どらまって何だ?」
オレはエリンギを見たが、
「ふにゃ~あぁ」
あくびをして、オレの事なんか素知らぬ風だ。
「ドラマってのは芝居で、軍師官兵衛はそのタイト……題名なんだ」
若様に、ひたすら説明をした。