飼い主と兄(前編)
それは、昔の晴れた秋の日だ。
紅葉が映える山の中にある見事な柿の木の下で、私達は柿の実を取っていた。
『取れそうか?』
『もう……少し……取れた!』
肩車をする事で、細長く大きな柿の実が取れた。
『やった! やった! やりました! 兄様‼』
『そうだな。八郎』
幼い私を肩車している兄、桃寿丸兄様も嬉しそうに見ていたな。
『兄様! どうぞ!』
『ああ』
二人で柿を食べると、
『『うっ⁉』』
『し、渋ぅ……』
どうしょうもない渋さの渋柿だった。
『こ、これは、そのままでは食べられないぞ……』
『くくく……』
それを見て笑いをこらえているのが、この柿を教えた魚屋だ。
『こらーっ‼ 魚屋! だましたな‼』
『騙される方が悪いんや。坊ちゃま』
その夜、一杯食わされた私の元に来た兄様は、
『八郎、黙って何もしないのは武士の名折れだ。仕返しするぞ』
『はい! では、どうします?』
『そうだな——』
そして兄様の案に乗り、翌日、私達は蹴鞠をして遊んだ。
『たあ』
『えい!』
『それ!』
『あっ!』
鞠は空高く飛んで、屋根の上に引っかかった。
『よしっ!』
私は魚屋を呼んで、
『魚屋、私は今から鞠を取りに行く、鞠を落とすから、お主はその鞠を受け取ってくれ』
『それやったら、桃寿丸様がやったら、ええんとちゃいます?』
『このくらいは、私が出来て当然だ。兄様の手を煩わすものではない』
『八郎を何も出来ない子にはさせたくないのだ。少しでいい。手を貸してくれ』
『儂の手はええんかい。わかりましたわ』
こうして、梯子で屋根に上り、予め用意していた焙烙火矢に点火をして、
『魚屋! 受け取れ!』
焙烙火矢を投げた!
『はい——へっ⁉』
爆発する直前に魚屋は避けた。
『惜しかったな。八郎』
『そうですね。兄様』
『何が、惜しかったな、そうですね、や‼ 渋柿一つの恨みで儂を殺す気か!』
『ああ』
『そう言うんやったら、こうや!』
掛けていた梯子が倒された。
『まったく‼』
魚屋が去って、庭には兄様が、屋根には私だけになった。
『……兄様、どうしましょう』
『そうだな……飛び降りろ!』
『ええっ‼』
『安心しろ! 私が受け止める。このくらい出来ないと! お主は嫡男だろ!』
『あっ、わかりました……たあっ‼』
飛び降りると、兄様は力強く受け止めてくれた。
『兄様! 出来ました!』
『よくやったな! 八郎!』
『ですが、兄様、どうします?』
『もし、魚屋が何かをして来たら、反撃をしよう』
『はい!』
私達が今後について話していた時だ。
『楽しそうだな』
『父様!』『……父上』
『桃寿丸、いつまでも畏まったままだな』
『……はっ』
『魚屋は、お主らには手ごろな玩具、と言う所か』
『父様、私に甘くておいしい柿があると言い、その柿を兄様と共に取り食べてみると、恐ろしく渋い渋柿でした! 私達をだました報復です!』
『報復で爆殺か、それはやりすぎだろう。——せめて、火傷ぐらいにしたまえ』
『はい!』
『……はい』
今思うと、恐ろしい事をしたな。
「幼いと言うのは残酷だな。猫丸」
「いや、ヤバいだろ。それ」
「ちなみに、それ以降、魚屋は何もしてこなくなったが」
これもまた、幼き日の事だ。
『八郎、これやるよ』
兄様から紺色の着物を渡されて、どんな物か見ると、
『これは、童水干?』
『そうだ。私が昔、着ていた物だ。八郎なら似合うと思って』
『そうですか! 早速、着替えてみます!』
そして、着替え終わると、
『似合っているぞ! 八郎!』
『本当ですか⁉ 兄様‼ 兄上は水干がお好きですね!』
『動きやすさや簡便さなら、直垂でもいいのだが、やはり、私は水干の方が落ち着くのだ』
『そうですか。兄様と同じく、私も水干を着ましょう』
『無理して着なくてもいいが——』
『私の意志で着たいのです。兄様』
『そうか。それはそれで嬉しいな。でも、正式な場では正装をするのだぞ』
『はい!』
年寄りしか着ないと言われても、水干を着ている理由がこれだ。
「前、着ていた水干も兄様のものだ」
「そっか」
更に話を続けよう。
『ですが兄様、その水干は何処で手に入れたのですか?』
『これは、父上が着ていた物だ』
『父上とは……』
『ああ、そうだ』
『…………』
『八郎、お主が気に病む事ではない。もう、いいのだ……』
兄様は優しく抱いてくださった。
『兄様……』
『さあ、行くぞ! 今回は本当に甘い柿だ! 皆の分を取りに行くぞ!』
兄様は、優しくお強い人だった。
「えっ⁉ でも、父上って?」
「猫丸、私と兄様は父違いなのだ」
「違うって——」
「猫丸、桃寿丸兄様の父、三浦貞勝は、三村家親によって自害し、その際、その妻が家を守る為、私の父と婚約した。そして生まれた子が私だ」
「えっ⁉」