猫と地震
オレとエリンギで大坂の町を散策していると、
「饅頭どないや~。うまいで~」
覆面を巻いた饅頭屋のお姉さんが、白い饅頭を売っている。
「うまそ~」
「ふにゃあ(ああ)」
オレ達が饅頭を美味しそうに思っていると、
「そこの噂の猫、饅頭やるわ」
「マジ‼」
オレとエリンギはタダで饅頭を貰った。
「うめ~!」「ふにゃ~(うめ~)」
オレたちが饅頭を食べ終わると、
「タダで食べるちゅう事は、どないな事かわかる?」
「「……」」
饅頭屋のお姉さんには威圧感があった。
こうして、
「饅頭いかがっすか~! おいしいっすよ~!」
饅頭売りをする事になった。
「おおっ! 猫が饅頭を売っている!」
「買うわ!」
饅頭は瞬く間に売れていった。
「見て見て! こっちも可愛い!」
「本当! どうやって躾けたのかしら?」
「ふにゃあ!」
ちなみにエリンギも饅頭屋のお姉さんの素顔が美人だったせいか、羽が付いた扇子を持って踊りを踊って客引きをしている。
そして小一時間すると、饅頭は完売して、オレたちはへとへとになった。
「疲れた~」
「ふにゃ~」
オレたちが、ばてていると、お姉さんが来て、
「よう売れたわ! こんなにぎょうさん売れるなんて初めてや!」
お姉さんは奥に行き、それからしばらくすると、
「おおきに! これやるわ」
「おおっ!」「ふにゃ!」
なんと、饅頭を三つくれた。
「また頼むわ」
「ああ!」
宇喜多屋敷に戻ったオレたちは八郎に饅頭をあげた。
「猫丸、この饅頭美味しいな」
八郎は嬉しそうに饅頭を食べている。
「だろ!」
「こんなに美味しい饅頭があるとは、もう少し町に出た方がいいかもしれないな」
「じゃあさあ、また一緒に出ようぜ」
「そうだな。しかし、こんなに美味しいのならば、お豪や父上や母上にも食べさせたいものだな」
「ああ! 絶対みんな喜ぶぜ!」
「そうだな」
「それじゃ、オレ饅頭買ってくるよ!」
「えっ……」
「お金は……あるな。じゃ——」
「猫丸ぅ‼」
八郎は急に大きな声で叫んだ。
「えっ⁉ ど、どうしたんだ⁉ いきなり⁉」
「猫丸‼ 行くな‼ 絶対に行くな‼」
「な、なんで⁉」
冷静さを取り戻した八郎は、
「あ……すまない。猫丸、つい……」
「いや、気にするな。八郎、行かないから安心しろ」
「猫丸、すまない……饅頭を買いに行ったらお主まで……」
「ん?」
「あ……聞かなかった事にしてくれ」
そう言った八郎の目に涙が溜まっていた。
「じゃあ、そうする」
「…………」
重い沈黙が漂った。
それが天正十三年十一月二十九日の夕方の事だ。
「ンニャンニャ……」
その夜、大坂の人々が寝静まっている時……。
「ンニャン……えっ⁉」
体が揺れたので目を覚ますと、部屋が大きく揺れているじゃないか⁉
「ななななな、なんだ⁉」
こんな揺れは初めてだ! こんなに大きな地震があるなんて‼
とにかく、頭を押さえ体を丸めて、その場を過ごす事にした。
「……終わったのか?」
地震は収まり、すぐに八郎の元に行く事にした。
「猫丸!」
八郎は着の身着のままで出て来た。
「八郎! 無事か?」
「八郎、外に出よう‼ また地震がくるかもしれない!」
「そうか! では出よう」
オレと八郎は外に出た。外に出ると大事なヤツを思い出した。
「そういえば、エリンギは? おーい! エリンギー‼」
「えりんぎ、何処だ⁉」
エリンギがいないのだ。時々、部屋を抜け出す事があるから、もし、何かに巻き込まれてしまったら……。
そう考えると、居ても立っても居られなくなり、
「オレ、屋敷を見て——」
「ふにゃん」
「エリンギ!」
「無事だったのか⁉」
オレはエリンギを抱えて、
「エリンギ! ケガはないのか⁉」
エリンギは小声で、
「ある訳無いだろ」
「エリンギ……無事でよかった!」
それを聞いたエリンギは、またしても小声で、
「当然だ。この地震が起こる事ぐらい知ってるからな」
「……は?」
「この地震が起こる前に避難くらいは済ませているさ。当然、お前達に内緒でな」
「……エリンギ。——なんだよ‼ それ‼ 知ってたんなら先に言え!」
「ふん。言うか」
「たくっ!」
ふと、八郎を見ると元気がない。
「八郎、地震は怖いか?」
「……地震が怖いのではない。思い出してしまったのだ」
「思い出した? って何を?」
「私は、私のせいで取り返しのつかない事をしてしまったのだ」
「えっ?」
「あの時、私が……言わなければ……」
「ど、どうしたんだ⁉」
「猫丸、言わなくて良かった‼ お主に饅頭を買うなんて言わなくて良かった‼」
八郎は、泣きながらオレに抱き着いた。
「な、なあ、何があったんだ?」
「それは……」