猫と見送り
それから数日後、
「猫丸、本日をもって小早川殿がお帰りになるそうだ」
「そうなのか?」
「私は大坂城に行くが、猫丸はどうする?」
「オレも行きたいけど」
「では、行こうか」
大坂城に着いたオレたちは上様以下、大勢の人に囲まれている小早川殿らを発見した。
「小早川殿!」
「宇喜多殿、この度はすまなかった。私の我が儘と小早川家の者達が君らは迷惑を掛けてしまった」
「いえ、そんな事はありません。猫丸にも大事はないですし」
「オレも皆、無事だからいいじゃないか」
「おお! 猫丸、来てくれたのか」
「はい!」
「あの時の事は感謝している。君の話もだ」
「そんな、感謝ってほどじゃ……あ、あの人たちはどうなったんですか?」
「ああ、あの者達なら殿下様の許可が下り、私の方で裁く事になった。戻ってから全て片づけるつもりだ」
「そうですか」
「さて、いつまでも船を待たす訳にはいかない。そろそろ行かせてもらいますぞ」
「あ、ああ、じゃあ、そこまで見送りしてもよろしいですか」
「勿論だ」
「あ、ありがとうございます」
こうして港まで行く途中、
「ん?」
何かが肩が乗った。
「ゲゲゲゲ」
「あっ⁉ あの時の——」
赤いカエルがオレの肩の上に乗ったかと思えば、横に歩いていたエリンギの頭の上に飛び移り、
「ふにゃ!」
「ゲゲゲゲ」
カエルはエリンギから飛び降り、すぐにどこかに去った。
「ふー‼」
エリンギは去ったカエルの方向に唸っている。
「まあまあ、エリンギ。恩人ならぬ恩ガエルだぞ」
港に着くと、
「小早川殿、これからも上様にお力添えを」
「出来る限りの事はしよう」
「それじゃ、また来てください!」
「ああ、来るだろうな。今度は——」
「今度は?」
「いや、何でもない」
小早川殿は落ち着いた態度で言った。
「? そうですか」
「まあ、また会おう」
船に乗り込んだ小早川殿を見送ると宇喜多屋敷に戻った。
「瞬く間の出来事だったな」
「そうだな」
八郎と離れ、部屋に戻ると、エリンギが座っていた。
「…………」
ふと、エリンギを見るとかなり機嫌が悪い。
「エリンギ、どうした?」
「ふん! バカ猫は知らんでいい!」
「なんだよ! 急に不機嫌になって」
「バカにしやがって」
「もしかして、カエルの事か?」
「お前には関係ない」
そう言うと、エリンギはどこかに行った。
「おーい! エリンギ?」
大声で呼びかけたが、エリンギは来なくて、代わりに八郎がやって来た。
「猫丸、えりんぎがどうした?」
「ああ、エリンギの機嫌が悪くてどこかに行ったんだ」
「そうか。機嫌が直るまでは放っておいた方がいいかも知れんな」
「そうだな」
「ところで猫丸。お主、小早川殿とどの様な事をしたのだ?」
「えっ⁉」
「私が、えりんぎと一緒に猫丸を待っていると、羽柴殿の家臣がやって来て、猫丸と小早川殿の危機であると、知らせてくれたのだ。猫丸、何をしていたのだ?」
「えっと……それは…………その……二人だけの話‼」
「二人だけの話とは?」
八郎は身を乗り出したが、オレは、
「ごめん! 八郎! どうしても言えない話なんだ‼」
一瞬、怖くなった。
「言えないのか……それならば、それでいい」
「いいんだ……」
そして夜、オレは帰って来たエリンギと会話をした。
「どうした、バカ猫。元気がないぞ」
「……エリンギは聞いてないよな。小早川殿との話」
「ん? 摩訶不思議な夢の話なら聞いてないぞ」
「聞いてんじゃねえか! どこで聞いたんだ! 八郎と一緒だったんだろうが‼」
「ああ、一緒にいたぞ。俺は俺のやり方で聞いただけだ。その場所には行ってないぞ」
「誰かから聞いただけか、ならいいや……でも、エリンギ」
「何だ?」
「王の兄ちゃんには、ほとんどの事を話したけど、八郎にも話さなきゃいけない時も来るのかな?」
「かもな」
「八郎は信じてくれるのか? 知ってしまったら、次からどんな顔して話せばいいんだ?」
「知るか」
「オレが未来から来たって知ったら、八郎は何を聞くんだ?」
「それは、あいつに聞くんだな」
「……」
エリンギは去って行った。
少しして、寝間着姿の八郎に会った。
「猫丸」
「ああ、八郎」
「その……すまない。言えない話を聞こうとして」
「いや、気にするな」
「そうか」
「八郎」
「どうした」
「オレがどこから来たとか、ってのは……」
「気にはなる。だが、何処の国でも猫丸は猫丸だろう。何処から来ても、猫丸が何者でも構わない。猫丸は猫丸のままだ」
「……八郎」
ならば、
「八郎、あのさ——」
「どうした?」
「……いや、なんでもない」
「そうか。では、寝るぞ」
「ああ」
本当の事を言いたかった。けど、何かが怖かった。