猫と蛙
オレは後日、八郎から接待がある事を知り、小早川殿がオレに興味がある事も知ったが、気にせず普段通りの生活を送った。
そんなある日、
「エリンギ、来るのかよ」
「ヒマつぶしだ。お前のやられるところを見ようと思っただけだ」
オレの肩の上でエリンギは笑っている。
「なんだよ!」
エリンギを肩に載せたまま、左衛門さんの屋敷に着いた。
「左衛門さん! 来ました!」
来ない。
来ない時は……。
「左衛門さん——虎之助さんも⁉」
左衛門さんと虎之助さんは、二人で酒を飲んでいた。
「あー、猫か。来たか。お主も一杯やらんか?」
「——あのー、稽古は?」
「酒を飲んでいても出来る! むしろ、酒を飲んでいる時に武芸をしなくてどうする‼」
左衛門さんは、ハッキリと言い切った。
「……」
「それよりよぉ、猫。食うか? 酒の肴だ」
虎之助さんの手を見ると、焼き肉らしき物が!
「食べます‼」
焼き肉を食べてみると、
「ん?」
味は牛肉の様で牛肉じゃない……この肉は?
「あのー? 虎之助さん、この肉は?」
「あぁん? 犬の肉だ」
「ぶうっ‼」
オレが噴き出すと、二人は焦りだした。
「ど、どうしたんだ⁉ 噴き出して、何故驚くんだ⁉」
「い、いや……。犬なんて……食べませんよ」
「犬を食べないのか? その辺にいたから、捕まえて食べただけだぞ」
戦国の世では、ペットは飼えない! 逃げたら帰って来ない!
「そんなこったぁ、どうでもいい。俺が捕まえた、こいつ! 食おうぜ!」
虎之助さんの手に持っているのは……赤いカエル⁉ カエルは体をバタつかせ逃げようとしている!
「カ、カエルって⁉」
驚いていると、虎之助さんはカエルを目の前に突き出した。
「当然、猫の分も分けてやるぞ! 美味いぞ!」
「いりませんよ‼」
カエルが食べられる事は知ってるけど、食べたくはない。
「いらないのか?」
左衛門さんが木刀を持ってる! ヤバい! こうなったら!
「左衛門さん、虎之助さん、見てください。このカエル、色が赤いでしょう」
「ああ、それが?」
「このカエル、実は毒があるんですよ!」
「何ぃ⁉ 毒だと!」
虎之助さんが驚いた。これならば、
「毒があるのなら、食わない方がいいな」
「だから、逃がしましょう、このカエルは危険ですよ」
「う、うむ」
「じゃあ、逃がすぞ」
虎之助さんはカエルを放り投げ捨てた。
カエルは少し逃げると、
「……」
少し立ち止まって、オレを見てから、また逃げた。
「だが、蛙は惜しかったな」
「次の酒の肴は、どうする?」
「どうすると言われても——」
二人はエリンギを見て、
「「……」」
「……」
「「…………」」
「…………‼」
「おい! 猫!」
「ふにゃああああ(ふざけるな)!」
エリンギは、ものすごい速さで逃げた。
「猫! あれ、食っていいか?」
「えーと、色々な意味で、やめた方がいいと思いますよ」
「とにかく、お主が先に猫を捕まえたら食わない。俺達が先なら食べる。それでいいだろ!」
「あ、ああ! ちょっ!」
二人は走り出した。
「まあ、日ごろの事を考えるとな。——でも、放っておく訳には、いかないよな」
と、言ってる間に、宇喜多屋敷に着いた。
エリンギが帰っているとしたら、ここだからな。
「おーい! 八郎! エリンギ見なかったか?」
「えりんぎか? 帰って来ていないぞ? どうした? まさか⁉ えりんぎの身に⁉」
八郎は心配しだしたが、オレは気にせず、
「来ていないのならいいんだ。じゃ」
「待て! 猫丸‼ 普段は探さないお主が探すのだ! 何かあったのだろう⁉ 私も手伝う!」
外に出ようとすると、八郎に呼び止められた。
「八郎……実は——」
八郎に、エリンギに何があったのか正直に言った。
「え、えりんぎを、か……それは困るな」
「まあ、そう言う事だ」
「では、探しに行くか」
「ああ」
二人で外に出ると、
「ゲゲゲゲ」
声がしたので、その声の出どころを見ると、足元に、あの赤いカエルがいた。
「ん? あの時のカエル」
カエルは飛び跳ねて、門の前で止まった。
「な、なんだ?」
門の前まで行くと、
「あっ!」
今度は門の外に出て、ある程度の距離まで行くと止まった。
「もしかして……」
「……オレたちを案内している?」
「ゲゲゲゲ」
またカエルを追いかけると、さっきの繰り返しだ。
こうして、案内されたのは、
「「大坂城⁉」」
カエルに導かれた場所は、大坂城奥御殿の一室だ。
「この部屋は……」
「入るぞ」
八郎は部屋のふすまを開けると、
「誰でする⁉ お豪のお部屋——、お兄様⁉」
こわばった表情のお豪ちゃんは部屋の片隅で座っている。その後ろから、
「ふにゃん!」
「エリンギ! 無事か⁉」
エリンギが飛び出して、オレの元に駆け寄ると、お豪ちゃんは安心した表情になった。
「えりが、ただならぬ様子でお豪の元に来たの。それでお豪が、かくまっていたの」
「そっか。悪いな、お豪ちゃんに迷惑をかけて」
「えりを守るぐらいなら、構いませぬ」
オレたちは、エリンギを連れて大坂城を出て、宇喜多屋敷に戻った。
「そういえば、あのカエルは?」
「いないな。ドコに行ったんだ?」
「恐らく、また逃げたのだろう」
「そっか」




