猫と鞠
「猫丸、本日はどうする?」
「んー? 本日って?」
「小早川殿が来る日なのだが、父上は来なくていいと、言っていたが……」
「ああ! 言っていたな」
八郎は少し困った顔で、
「——だが、お豪とも遊ぼうと約束したのだが」
「そっか。お豪ちゃんと遊ぼうって約束したのか。——なら、お豪ちゃんと遊んだらいいじゃないか」
「では、そうしようか。小早川殿は他の者が接待をするし」
「じゃあ、行こう」
「ふにゃあ!」
こうして、大坂城に遊びに行く事にした。
山里曲輪に着くと、
「あっ! 猫丸」
「どしたん?」
「見るのだ」
八郎に促され見ると、上様と二人の男がいる。
「あれが件の小早川殿だ」
「あれが……」
八郎が言ってた小早川殿は端正な顔だが、それ以上に人生の経験値からか、顔に重みと深みがあり、明らかに只者ではないとわかる雰囲気の人物だ。
「八郎、隣は?」
隣には三十代後半ぐらいの男がいた。
「あれは、小早川殿の甥である吉川少輔次郎殿だ」
「へー」
「猫丸、我々は本日、接待をしない。それよりもお豪の元に急がねば、一人で待たす訳にはいかない」
「ああ! そうだな!」
オレたちは奥御殿に急ぐ事にした。
そして、大坂城奥御殿にて、
「お兄様! 猫様! ごきげんさまでする!」
お豪ちゃんが、元気にオレ達を迎えてくれた。
「ああ、お豪、遊びに来た」
「よっ!」
「ふにゃ(お豪ちゃん)!」
エリンギは相変わらず、お豪ちゃんの膝の上に来た。
「何して遊びます?」
「お豪の好きな遊びでいい」
「オレも!」
お豪ちゃんは近くにあった鞠を拾って、
「では、この手鞠で遊びません? 高く上げましょう!」
「おお! そうだな!」
「楽しいだろうな」
こうして、鞠で遊ぶ事にした。
「では、お兄様!」
お豪ちゃんが鞠を八郎に投げた。
「そら! 猫丸!」
鞠がオレの所に来た。
「あ、そうだ。エリンギ!」
エリンギに鞠を投げる事にした。
「ふにゃ‼」
エリンギは、オレが投げた鞠に向かって軽やかなトスを決めた。トスを決めた鞠はお豪ちゃんの元に飛んできた。
「えり! 上手でする! では‼」
お豪ちゃんも、エリンギのをトスした。そして、トスした鞠は八郎の元に飛んでいった。
「お豪! 行くぞ! はっ!」
八郎はオレに鞠を投げた。
「はっ!」
「「あっ‼」」
トスをしたら、鞠が飛びに飛んで表御殿の屋根の上に引っかかった。
「ああ……」
「お豪の鞠が……。かかさまの贈り物なのに……」
お豪ちゃんが悲しそうだ。そうすると、
「ふぎゃああ(こらぁ、バカ猫)‼」
「エリンギ‼ 怒るな!」
エリンギが引っ掻いてきた。
「八郎、台かハシゴかない? オレが取りに行くよ」
「猫様! 危ないでする!」
「猫丸‼」
二人は止めようとするが、
「まあ、あのぐらいなら、台かハシゴがあれば余裕だよ。オレは、この程度なら平気だし」
「そう言えば猫丸、屋根に上って盗人を追いかけていたな」
オレの言葉を聞いた八郎は安心した。
「ああ、だから台かハシゴさえあれば、なんとかなるよ」
「わかりました。用意します」
こうして侍女にハシゴを用意してもらい、オレが取りに行く事にした。
「じゃあ、待ってろよ!」
ハシゴを使って屋根を登った。
鞠はちょうど、屋根のてっぺんにあり、すぐに取れた。
「おーい! 八郎! 投げるぞー!」
「猫丸! まさか、焙烙火矢を投げるとか言わないよなー!」
「焙烙火矢ぁ? なんか言ってたやつだけど、——そんな物投げねえよ! 準備はいいか‼」
「いいぞ!」
「じゃあ! そら!」
鞠は八郎の手の中に落ち、キャッチに成功した。
「やったぞ! 猫丸!」
「猫様! 嬉しいでする!」
「そっか! じゃ——」
「ふにゃ!」
と、思ったらエリンギが突いてハシゴを倒した。
「ああああああ‼ なにやってんだよ! エリンギ!」
「ふにゃん(ふん)!」
「ね、猫丸⁉」「猫様⁉」
まあ、ハシゴ無くても、問題ないけど……。
「二人ともー! 少し離れていろよー! やあっ‼」
余裕で着地した。エリンギはムカついているが、
「猫丸! すごいな!」
「猫様! 素敵!」
「このぐらいなら楽勝! それより、お豪ちゃん。鞠、無事でよかったな」
「ええ! 猫様の御蔭でする!」
「この程度で良ければ、いつでもいいぜ! ところで八郎」
「何だ?」
「何であの時、焙烙火矢を投げるって言ったんだ?」
「ああ、それか。気にしなくていい」
八郎の視線はさまよっている。
「ふーん。まあ、いいや」
「お兄様! 猫様! えり! 戻って続きをしましょう」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、しようぜ!」
「ふにゃ!」
オレたちは奥御殿の近くまで戻った。
「それでは、行きまする!」
鞠がオレに投げられた。