猫と学習
「わかりません!」
「何ぃ‼」
オレは、まだ石田殿の元で勉強をしている。
「馬鹿猫‼ 何故、出来ないのだ‼」
相変わらず怒られてばかりだ。だって、わからんもん!
そんな時、侍女が現れ、
「治部少輔様、客人がお見えになっています」
「——通せ」
入って来た人物は、
「ほほほ、何故に騒がしいのじゃ?」
客人の正体は、相変わらず表情が分からない大谷殿だ。
「紀之介、何の用だ?」
「何、そなたの顔見によ。ほれ、土産もある」
大谷殿は魚を出してくれた。
「子猫、どうした?」
「……」
魚~。魚だ。うまそ~。
「酒は用意する。一人で飲んでくれ」
「飲まぬのか?」
「馬鹿猫に漢字を教えている最中だ。——馬鹿猫‼ 涎を垂らすな‼」
「あ! いや! すんません……」
「ほう! 文字が読める子猫になれば、愉快愉快」
大谷殿は、何となく笑っている様に見える。
「愉快って、そんな……」
「佐吉の教え方を見よ」
大谷殿の見学が加わった。
「石田殿~。これは、どうすれば——」
「馬鹿猫! またこんな文字も読めないとは!」
こんな感じで怒られていると、再び侍女が来て、
「治部少輔様、そろそろ大坂城に……」
「な! そんなに……。馬鹿猫、もう帰っていいぞ」
「ホント‼」
オレが飛び跳ねて喜んでいると、石田殿は冷徹に、
「その代わり、読み書きの練習は忘れるな」
「まあ、はい。わかりました」
オレがエリンギを抱えて、宇喜多屋敷に帰ると、
「猫丸!」
「八郎! 悪い! 遅くなった」
「話は石田殿の者から聞いている。厳しく教えられたようだな」
八郎は少しからかうような表情だ。
「厳しすぎ‼ 教えるより先に怒られてばっかりだ!」
「そうか。石田殿らしいな。猫丸、今から、お主の朝餉を用意する」
「やった!」
ちゃんとした朝食を食べ終わると、誰かが宇喜多屋敷に来た。
「ほほほ、子猫。迎えに来たぞえ」
またしても、大谷殿がやって来たが、今度は魚を持っていない。
「大谷殿⁉ どうしました?」
「子猫に学問を教えようと思ってのう」
「えええええぇぇぇ‼ また勉強⁉」
オレが絶叫していても、大谷殿は冷静に、
「そういうこと、きちんと夕刻には返す」
「猫丸、夕刻には帰る事が出来るのだ。教えてもらった方がいい」
「……わかった。晩飯前までだぞ‼」
「あいわかった」
こうして大谷殿の屋敷に行くことになった。また気は重いけど。
「仮名は読み書きが出来るようだねえ」
大谷殿の目は感心している様に見える。
「昨日、徹底的に叩き込まれたからな~」
「そうかえ。それは難儀よのう。どれ、僕に漢字がどれだけ書けるか見せとくれ」
「漢字は——」
オレが知っている漢字を書いた。この際、書き方なんて気にせず知っている漢字を書いた。
「おやおや、見た事無き書き方。これが子猫の国の文字かね?」
「そうです」
大谷殿は少し呆れた様に、
「子猫の国では、それで良いが、この国の書き方で書かねば誰も読めぬ。だから僕が教えてあげよ」
「でも、勉強嫌いっす」
「もし子猫が読めぬ事で宇喜多殿が大恥をかいたら……子猫のせいになるのう」
「…………それは困る」
オレが原因はイヤだ。
「ならば嫌がるでない。教えてあげよ」
「はい」
大谷殿は丁寧に教えてくれた。
「これはこう、ここは——」
「……」
「どうしたのかえ?」
「大谷殿、学校の先生より教えるの上手い」
「そうかね? 僕は子猫にも分かるように教えているだけぞよ」
「だけど、わかりやすいです」
「嬉しいねえ。次は——」
こうして、あっという間に夕刻になった。
「子猫、思ったより覚えがいいねえ。次は文章よのう」
「刑部さんの教え方が良かったからですよ!」
「それでも覚えが良いのは本当ぞよ」
「ありがとうございます!」
刑部さんに礼を言った。が、気になる事が……。
「刑部さん」
「何だえ?」
「その布の下の素顔はどうなっているのですか?」
刑部さんの顔だ。隠しているから気になる。
「見ても仕方のないものよ。子猫、帰りた——いや、待つがよい」
「どうしました?」
刑部さんは部屋の奥に行き、それから少しして、
「僕からの贈り物じゃ。ほれ。どうしても読めぬところは、宇喜多殿に読んでもらえ」
刑部さんから二冊の本を貰った。
「ありがとうございます! では‼」
オレの夕焼けの下、宇喜多屋敷に帰る事にした。
「ただいまー」
「猫丸、どうだった? 少しは出来る様になったか?」
「ああ、漢字が書ける様になったぞ」
オレは紙に書いて見せた。
「猫丸、すごいな! 流石、大谷殿だ!」
「後、贈り物をもらったんだ」
八郎に本を見せると、
「猫丸、これは童子教と実語教ではないか?」
「童子教? 実語教? ——うわっ⁉」
中を見ると、全部漢字で書かれている。
「漢字じゃん‼」
「ああ、漢文だが童の教科書だ。私も昔、読んだ事がある。懐かしいな」
エリンギが近くにやって来て、小声で、
「要するに小学校の教科書だ」
「小学校……そうだよな……うん」
童子教と実語教の漢文を全て八郎に読んでもらい、意味を教えてもらった。