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備前宰相の猫  作者: 山田忍
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猫と勉強

「何で俺まで」

 不機嫌なエリンギがオレの頭の上に乗っている。

「後で、晩飯のおかず一品やるから、ついて来てくれ」

「もう一品だ」

「え~。しょうがないなあ~」

 無理やりエリンギを連れて石田殿の屋敷に行く事になった。

「屋敷は近いからいいけど、勉強だと思うとやる気ないよなー」

 勉強と言う単語のせいなのか、気のせいか足取りも重い。

「勉強なんて、五教科の成績がオール2のオレが勉強したって無理だろう」

「ふん! お前以外の者は何とかなるが、お前では不可能だ」

 エリンギは高圧的な態度で言った。

「言ってくれるな! ……そうだけど」

「どちらにせよ。俺には迷惑なだけだ」

 オレとエリンギは無言のまま、石田殿の屋敷に着いた。石田殿の屋敷は八郎の屋敷とは違って簡素な雰囲気だ。

「おじゃましま~す……」

「遅いぞ! 馬鹿猫! 早く来るものだ!」

 石田殿は顔を赤くして怒った。

「す、すいません!」

 石田殿はエリンギの方を見て、優しく、

「猫、もう少し遅く着いてもいいんだぞ」

「——なんで?」

 石田殿に部屋を案内されて、机の前に行き、近くにあった座布団を取ると、

「いでっ‼」

 なぜか石田殿に殴られた。

「それは、その猫用の座布団だ。汝は、そのまま座れ」

「えー!」

 そのまま座れと言っても、床は板敷だ。

「ふにゃ~ん!」

 エリンギは見るからに高そうな座布団の上に乗った。

「オレは……」

「文句を言うな! 座れ!」

 仕方なく板の上に座ると、机の上に乱雑に本を置いた。

「馬鹿猫、本日はこれを学ぶ」

 本をめくって読んでみた…………さっぱりわからん。

「石田殿ぉー。どうやって読むの?」

「なっ⁉ 汝は文字が読めないのか‼」

「まあ、これは読めませんね」

 石田殿は呆れた表情になり、

「獣らしく読めないか……。私が汝に文字を教える」

「あのー。この文字は読めませんけど——」

 石田殿は冷たく、

「ある程度の学があれば読める。さあ、書くぞ! まず、いろはにほへと、からだ!」

「はあ……」

 取りあえず、言われた通りに書いてみた。

 結果、

「何だ⁉ この汚い字は⁉」

「普通に書いただけですよ‼」

 字は人並みに書けるが、この時代の字を書けと言われたら無理なのに石田殿は激怒している。

「いいか、いろはにほへと、はな……」

 石田殿はいろはにほへとを書いたが、達筆すぎて読めない。

「え~っと、これ、いろはにほへとですか?」

「そうだ」

「読めません!」

 オレが開き直って言うと、石田殿は顔を赤くして、

「何だと! ならば、私の真似をして書け!」

「え~!」

「え~ではない! とにかく書け! 書いて覚えろ!」

 ひたすら書かされた。どのくらい書かされたかは、わからないが、それなりに文字が書ける様になると、

「ふん。こんなものか」

「これでいいんですか?」

 石田殿は淡々と、

「ああ」

「やっ——」

「では、ちりぬるをだ」

 オレは後ろに倒れた。

「だー! まだあるんですか⁉」

「当然だ。全部覚えるまで帰さん」

「そんなー!」

 石田殿はオレの嘆きを無視して文字を書いている。

「書けたぞ。さあ! 書け!」

 また最初の繰り返しだ。それを何回も何回も繰り返し、

「いろは文字は書ける様になったな」

「はあー」

 珍しく、石田殿は優しい口調で、

「これで読める様になったか?」

「え~っと——」

 確かに、ひらがなは読めるになった。だが、

「これ、なんて読むんですか?」

 さっきの優しい口調は、恐ろしくなり、

「……漢字も読めないのか?」

「はいっ!」

 オレが元気よく言うと、石田殿は顔を赤くして、

「馬鹿猫ぉー‼」

「は、はいっ‼ なんでしょう⁉」

「こうなったら、漢字が読める様になるまで帰さん!」

 石田殿は本を叩いて、怒っている。

「え、ええーっ! そんな‼ 八郎になんて⁉」

「宇喜多殿には後で言う。馬鹿猫! 帰りたいなら覚えろ‼」

「そ、そんな~」

 結局、オレは遅くまで薄暗い灯台の下で勉強し、泊まる事になった。

「馬鹿猫、夕餉だ」

「えっと、これだけ?」

 雑穀しかない雑炊と漬物と菜っ葉の味噌汁ぐらいだ。

「当然だ。何故、贅沢な夕餉にする? 饗応でもないのに?」

「でも……。八郎は山盛りの白米を出してくれるのに」

 石田殿は激怒して、

「白米なんて贅沢な物を馬鹿猫に用意出来るか‼」

「じゃあ、あれは?」

「ふにゃ~ん!」

 エリンギには山盛りの白米と鯛の丸焼きが出ている。

「あの猫はいいのだ。用意しても饗応だ」

「オレ腹減ったのに~! ケチ~!」

 オレが文句を言うと、石田殿はまた激怒して、

「馬鹿猫‼ 普通の武家は白米なぞ簡単には出ん‼」

「そうなの?」

「宇喜多殿は馬鹿猫の舌を肥えさせる気か!」

 石田殿はしかめ面で、胸の前で腕組みをしている。

「オレの実家じゃ、白米が普通に出たぞ」

「猫の分際でか! まったく!」

「う~。まあ、いいや」

「むしゃむしゃ……」

 面倒なので食べる事にした。幸せそうなエリンギの食事を見ながら……。

「食べて済んだら、漢字の続きを教える」

「食べて済んで、すぐですか⁉」

 オレが驚いていると、石田殿は冷静に、

「当然だ。書が読めないのでは学問にならん」

「そんな~」

 また文字を書き続けた。

 しばらくすると、

「馬鹿猫、私は少し席を離れる」

「厠っすか~?」

「ふん」

 石田殿は部屋から出た。そしてオレは——。

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