猫と温泉
そうして、オレたちは有馬温泉に着いた。
温泉は湯気を立てて、人を待っているように見える。
「待っていました! 温泉!」
オレが温泉に入ろうとすると、
「いでっ‼」
誰かがオレの頭を殴った。殴った人を見ると、石田殿だ。
「何をしている! 馬鹿猫!」
「い、石田殿……なんで?」
「宇喜多殿、何故、馬鹿猫に湯の浸かり方を教えないのだ!」
石田殿は顔を赤くして怒っていると、八郎は困った様に、
「猫丸は風呂は裸で入るものだ、と聞かないもので……」
「そうじゃねえのか?」
見ると、八郎や上様などは褌を身に着けていて、石田殿や大谷殿や王の兄ちゃんに至っては、白い浴衣を着ている。
「馬鹿猫、湯に浸かる時は褌か湯帷子を着けて入るものだ!」
「えー! そうなのー! じゃあ、あれは?」
「ふにゃーん!」
上様より先に裸のエリンギが入っていると、石田殿はエリンギをチラッと見て、
「……あれはいいのだ」
顔を少し笑っている。
「いいのかよ!」
オレがツッコミを入れると、普段の石田殿に戻り、
「とにかく、何か身に着けろ! 馬鹿猫!」
「——は~い……」
オレも仕方なく褌を身に着けた。
「よーし! 入るぞ!」
こうして、ようやく温泉に入ることが出来た。
八郎と温泉に入っていると、八郎はオレと話しかけてきた。
「猫丸、これからは湯殿や風呂は入る時には、褌ぐらいはした方がいい」
「えー! でも、オレの所じゃしないぞ」
「猫丸の国では、だろう。私達の国ではした方がいい。そうしないと、また石田殿に……」
「……わかった」
取りあえず、これからは褌をする事にした。
しばらくして、
「八郎」
「どうした?」
リラックスした口調で返事をした。
「ぼーっと、しているのもいいけど、退屈だ」
「そうか? ゆっくりしている時間も悪くはないぞ」
「うーん……他の人の所にも行こう!」
「あっ! 猫丸!」
オレは泳いで、まず、近くにいた、
「王の兄ちゃん!」
温泉に静かに浸かっていた王の兄ちゃんがいたので、話しかけた。
「猫殿、どうしました?」
「いやー、ヒマだから来た」
「まあ、いいでしょう。相手にはなってあげましょう」
この際だから、王の兄ちゃんの気になる事を聞いてみた。
「王の兄ちゃん……その、聞いてもいい?」
「何を?」
「その……首のこと」
王の兄ちゃんの首には横一文字の傷がある。初めて見た時から気になっていたが、いつ聞いてみようか、タイミングがわからなかったのだ。
「ああ、これですか?」
「王の兄ちゃん?」
王の兄ちゃんは少し嫌そうな顔をしてから、
「この傷は昔、首が半分切断されかけただけですよ。……猫殿?」
「戦国怖い戦国怖い戦国怖い……」
オレの鼓動が速くなっていると、王の兄ちゃんは不安そうに、
「顔色が悪いですよ?」
「じゃ、じゃあ……ちょっと離れます」
王の兄ちゃんから離れて、次の所に行った。
「ほほほ、どうしたのかね? 子猫?」
「あ、大谷殿?」
今度は顎ぐらいまで浸かっている大谷殿に会った。
「温泉はいいものだねえ」
「そうですけど……大谷殿」
「何だえ?」
大谷殿は大谷殿で気になる事を聞いた。
「その、風呂入る時もそうなんですか?」
「そうだけど? それが?」
湯帷子だけならまだしも、頭にいつもの白い布を巻いて温泉に入っているからだ。
「大谷殿、頭の外して入らないのですか?」
「ああ、見せられる顔ではないからねぇ。ほほほ」
「…………」
——気になる。
が、オレは次の所に行く事にした。
「猫丸、どうしたんだい?」
羽柴殿がのんびりと入っていたが、オレに気付いて話しかけて来た。
「えっと、羽柴殿——」
「別に、私は名の事なんて気にしないから好きに呼んでいいよ」
「じゃあ、小一郎のおっちゃん。楽しんでますか?」
「ああ、政を忘れて、ゆっくりするのは幸せだね」
「そうですか。温泉は家族と旅行に行った時ぐらいだからなー」
「そう言えば猫丸、身内は?」
「会えないですよ。時々帰りたいなとは、思いますけど」
「……そうか。悪い事を言ったね」
小一郎のおっちゃんが気まずそうになったので、オレは明るく振る舞って、
「気にしなくって、いいっすよ~。家族と会っても小言しか言いませんし」
「話を変えよう。この国には慣れたかい?」
「まだ、慣れないこともありますけど、楽しくやってます」
「楽しいのならば良かった。猫丸、不安になる必要はないからね」
「は——」
返事をしようとすると、大声で、
「おお! いた! 猫!」
「さ、左衛門さん!」
「探していたのだ! 飲むぞ!」
左衛門さんの右手には酒があった。
「一杯分けてくれないか?」
「羽柴殿も! では、飲みましょう!」
こうして、湯治の時間は終わり、帰る事になった。
夜、宇喜多屋敷に着くと、侍女がやって来た。
「若様、猫丸に文を二通預かっております」
「えっ⁉」
「誰から? って! 読めねえ!」
手紙を見ると、達筆過ぎて読めないので困っていると、八郎が文を手に取り、
「私が読もう。——ああ、あの二人か。読もう」
『猫、湯治で左衛門と酒を飲んだのか? 俺もあの馬鹿が居なければ、有馬で酒盛りをしたのだが……』
『猫さん、右近さんはどうやった? 儂もあの阿呆がおらんかったら、有馬の湯治に行けたんやけど……』
「——だそうだ」
「——なんじゃこりゃああああああ!」