猫と報告
翌日の昼頃、オレたちは大坂城に向かう事にした。
「やっと、父上に報告が出来る」
「そうだな」
大坂城表御殿の近くに着くと、
「ん?」
背中をつつかれ振り向くと、黒髪に八郎も着ている直垂という着物を身に着けた二枚目の武士がいた。
「えっと……誰ですか?」
「儂や。猫——」
その武士の上から水がかかった。
「あっ‼」
髪の毛が茶色になり、メガネとピアスは無いが、弥九郎さんであると判明した。
「……何や。これ?」
明らかに声のトーンが、あの女の子を殺す時より怖い。
「おーい! かかったかー?」
表御殿の屋根を見ると、加藤殿が明るく謝っている。当然、反省しているようには見えない。
「いやー。行長がいたから、つい……」
「そうか、清正は……」
加藤殿が飛び降りると同時に弥九郎さんは走って、
「三度とワザとしたのか!」
レイピアでは無く、日本刀を振り回して加藤殿を斬ろうとするが、加藤殿も持っていた太刀で弥九郎さんに抵抗する。
「ワザとなければしねぇよ!」
「そうか……。今こそ死ぬんやな!」
「何だと! 行長こそ死ねよ!」
言い合いと刀と刀の刃が当たる音を聞き、二人の立ち回りを見ていると、酒を持った福島殿がやって来た。
「あーあ、やってるな」
「福島殿、これは?」
オレが福島殿に聞くと、福島殿は呆れたように、
「ああ、あの二人は生家や宗教が違うから、いつも揉めているのさ」
「えっ⁉ じゃあ、止め——」
走ってオレが止めに行こうとすると、福島殿は、
「止めると、猫、お主が怪我するぞ。やめとけ」
「猫丸、あの二人は顔を会わすとああなる。私も初めの頃は止めに入ったが、返り討ちにあった。止める事が出来るのは、父上か母上か羽柴殿ぐらいだ。だから、気にするな」
「そっかあ、要するにほっとけって事だな」
「そうだ。後で、この件は父上に言おう」
「じゃあ、上様の所に行こう!」
「そうだ。行くぞ、猫丸」
表御殿御対面所にて、
「すまなかったのう。で、堺はどうじゃ?」
「見世物になった! それから——」
「ああ、それなら構わん。落着した事じゃ」
「「えっ⁉」」
「まだ、何も言ってないのに!」
「堺は楽しかったか?」
「楽しかったっす!」
「そうかそうか! ならば良い!」
上様は上機嫌だ。かと思いきや真面目な顔になり、
「猫! もうよい。帰っていいぞ」
「えっ⁉ でも……」
「ですが……」
「儂は八郎と話をしたいのじゃ」
上様の目が鋭く真剣な目になっているのを見て、エリンギは先に戻ろうとしたが立ち止まり、オレを待つように見えた。
「……わかった、エリンギ。じゃあ、先に帰るぞ! 八郎!」
「では、後程」
オレとエリンギが出ると、
「八郎、堺の事だが……」
上様の話声が聞こえたが立ち聞きせずに外に出た。
外に出ると、まだ打ち合いの音が聞こえた。
「死ね!」
「汝こそ!」
「いつまでする気だ。——おっ! 猫!」
「福島殿、あれはまだしてんの?」
「ああ、まだだ。そろそろ無視して飲もうかと思っているが……」
エリンギを抱っこして、
「今日はちょっと……。また、今度でもよろしいですか?」
「いつでもいいぞ。酒や武芸ならな!」
「わかりました! じゃあ!」
「ふにゃああああああ!」
オレは怒るエリンギを連れて出た。大坂城を出ると、
「なぜ、酒の席を断る! 酒だぞ! さ・け!」
「だー! ガマンしろ! 八郎から話を聞きたいし!」
「女の話だろ! お前は聞かなくていい!」
「そうじゃなかったら、どうするんだ⁉」
「知らん」
「知らんって」
って、言ってる間に宇喜多屋敷の近くまで来た。
屋敷の近くに行くと、
「あっ、石田殿」
「ふんっ、馬鹿猫と……猫か」
「どっか行くんですか?」
「——何故、汝に」
「ふにゃあん(教えろ)」
見た目エリンギは可愛く言うが、本心は傲慢に、
「……堺にだ」
「今度は石田殿が⁉」
「前の堺政所がやめたので、次から私が担当する事になった」
「⁉」
「何でやめたんですか?」
「不正があったからだ。それだけだ。では、私は行くぞ。馬鹿猫と……猫」
石田殿は猫の時だけ声色が嬉しそうだ。
「おう! じゃあ!」
「ふにゃん(行け)」
エリンギは冷たく言っているが、石田殿は嬉しそうに、
「……猫には土産を買おう」
「ふにゃ!」
オレのは期待しない方がいいだろう。それより……。
「エリンギ、何か驚いていたけど、なんで?」
「気にするな」
「ふーん。まあ、いいや」
そうして、宇喜多屋敷に帰った。
夕方になる前に八郎が帰って来た。が、少し顔色が悪い。
「猫丸、帰って来たぞ」
「で、どんな話?」
「——堺での話だ」
「えっ? 堺の? ならオレも——」
「堺の話、それだけだ」
「気になる! お前が元気ないのに! オレに言えよ! 何か言われたのならオレが文句を言ってくる!」
「——猫丸。……わかった。言おう」
オレは堺で本当は囮に使われた事や、オレの体が薬になる噂をばらまかれた事を教えてくれた。
だから、すまなかったのう、か。
「猫丸が落ち込まないかと……」
「なんだよ! そんな事か!」
「そんな事って⁉」
「初めて来た時のオレなら傷ついていた。けど、今更なにを言ってんだ! ここに来て何度、そんな事があった! いちいち気にしねえよ! それより、お前がオレの事で落ち込んでどうする!」
「猫丸」
「だからさ、元気出せよ。八郎」
「……そうだな、猫丸。……そうだ!」
八郎は水あめを出した。
「これは父上が私と猫丸にと、下さったのだ!」
「なにぃ! 食うぞ! 八郎!」
「ああ」