猫と猫(後編)
「お、お前なんだよ⁉ なんで猫が喋るんだよ⁉ それになんだよ! マヨイゴって⁉」
「マヨイゴと言うのは本来の時から外れた者の事だ」
「ほ、本来の時って……」
「ここはお前の時では無い。天正十三年の讃岐国だ」
「て、天正十三年って、いつだよ⁉」
「一五八五年だ。織豊時代と言うが、お前みたいなのでもわかりやすい時代で言えば戦国時代だ」
「む、昔じゃねえか⁉ って言うか、戦国時代ってどういう時代だっけ?」
その猫は呆れながら、
「戦をして日本を統一する時代だ。学校で教わらなかったのか」
「習ったような習わなかったような……。とにかく、そんな昔だなんてデタラメ言うなよ‼」
「デタラメでは無い。その証拠に空を見ろ」
「空……」
猫に言われて空を見上げると、昔、小学校の遠足で見た時以来のプラネタリウムよりも輝く星々が夜空を敷き詰めている。
「……これって!」
オレの知っている夜空は、ここまで星は見えない。空よりも家の明かりの方が明るい。
「ここは過去なのか?」
「そうだ。だから、お前の時ではないのだ」
「それに、なんでお前は猫なのに喋っているんだ?」
その猫はニヤリと笑って、
「俺はお前よりも、遥か遠い未来の世界の猫だ」
「み、未来って⁉」
「未来では、動物が会話する事ぐらいは出来るように作られたのさ」
得意げに猫は言った。
「なんか、すげーな」
「だが動物と人間が共存しても、いろいろな理由で捨てられたりはぐれたりして過去や未来で暮らす生き物を、時空ノラ何とか……俺の場合は時空ノラ猫だな」
「そ、そうか……」
「お前の時を持ち物から察すると、二〇一〇年代の人間だな」
「まあ、そうだけど」
「何故、マヨイゴになった? 何かに巻き込まれたのか?」
「それは……」
オレは猫に今まで起きたことを全て説明した。
「なるほど……。時の団地で住めばいいのにな」
「えっ⁉ なに⁉」
「何でもない。独り言さ」
「そ、そうか……それにしても、なんや! この猫耳‼」
「ああ、その猫耳は翻訳機だ」
「翻訳機?」
「その猫耳型翻訳機があれば、戦国時代の言葉を現代の言葉に翻訳してくれる機械だ。だから、外さない方がいいぞ」
「じゃあ、外せないな」
「だが、その翻訳機はデザインだけの安物だ。不完全な翻訳しか出来ない。まあ、何もないよりはマシだろう」
「……そうだよな。その事を教えてくれた礼におにぎりを一個やるよ」
持っていたおにぎりの袋を開けて、猫にあげようとすると、
「いいや、いらない」
「さっき、食べたいって言ってたんじゃ?」
「お前について行く方が、焼き魚やおにぎりよりも美味い物が食えそうだと考えたからだ」
「はあっ⁉ なんで⁉」
「あのボンボンの父親に珍妙な猫としてお前が飼われる。侍女か誰かがお前にエサを与える。その内容は恐らく贅を尽くした美食だ。そのお前のエサを俺が全部食べる。お前は俺の残飯を食べる」
人を人と思わぬ猫に頭にきて、
「ふざけるな‼ 猫でも許さんぞ‼」
猫を捕まえようとするが、やはり猫らしく素早い。
「猫虐待反対‼ やめろ‼」
「もし、粗末な物ならどうするんだよ」
「お前が食え。俺は食わん」
「はあ⁉ なんちゅうヤツだ!」
もう一度捕まえようとしたが、また腹が鳴ったので捕まえるのをやめて軒下に戻り、開けていたおにぎりを食べた。
「もうやめたのか? 根性の無い奴だな」
「うるさいな。腹いっぱいなら、捕まえれるぞ」
「口だけは一人前だな」
おにぎりを食べながら、考えてみた。
「……それにしても、どうやって帰ろうか?」
「確実に帰るには、時空移動装置ことタイムマシンがあればいいのだが、それが無いのでは意味が無い。まあ他にもカミカクシと言う不定期に現れる時空の落とし穴があるが、それはいつの時代の何処に移動するか、わからない代物だ」
「タイムマシン⁉ 未来にはそんなものがあるのかよ‼ って事は、あのスマホがそうなのか?」
「ああ、そうだ。翻訳機同様、タイムマシンにも様々な種類がある」
「理想は、あいつからタイムマシンを手に入れることが出来たらいいんだよなー」
「まあ、そうだろうな」
「ようし、あの変な男を——」
「探して捕まえるのか? ならば見つかるまでの生活はどうする? この時代は戦国時代だ。お前みたいな平凡な現代っ子が一人で生きる事が出来る訳が無い。しかも、お前の姿は独特だ。何処かの村で怪物として殺されるか、野盗に身ぐるみを剥がされて殺されるか、人商人に捕まり売られるかの、どれかだ」
「うっ……」
「だったら、あのボンボンの元で見世物になって生活する方が、一番マシじゃないか?」
「そう、だよな……」
ある種の諦めの感情が出てきた。
「とりあえず、ご馳走のため、俺はお前につく事にしよう」
「結局、エサかよ!」
「いいんだぞ。見返りに未来や、この時代の知識を教えてやろうと思ったが、この場で去っても」
「あ、いや! 教えてください」
「なら、いいだろう。俺の名前はエンリケだ。よろしくな」
「オレは北島翔、よろしくな。エリンギ!」
エリンギは体を震わせて、
「誰がエリンギだ‼ 俺の名はエンリケだ‼ 初めて呼ばれたぞ‼ バカ猫‼」
猫パンチを喰らってしまった。
「なんだよ、バカ猫って‼ オレは北島翔だ‼」
猫パンチを喰らった頬が痛むが、オレはエリンギをにらみつける。
「しゃー」
「ううう~~」
「「?」」
誰かの足音がした。
「猫丸、どうした」
オレたちの目の前には若様がいた。そして、空は薄紫色になっていた。
「い、いや、なんでも」
「ふにゃーん」
さっきの威嚇はどこにやら、エリンギは可愛い猫になっている。
「あ、昨日の猫」
オレはエリンギを抱き上げて若様に見せ、
「ああ、こいつも連れて行くことにしたんだ」
「ふにゃあ」
「そうか。では、その猫の名は?」
「エリンギって言うんだ」
「ふー(違う)‼」
エリンギは思いっきりオレの頬を引っ掻いている。
「いででで、やめろ! エリンギ!」
「しゃー(訂正しろ)‼」
「えりんぎ……。変わった名前だな」
「しゃー(コラァ)‼」
「猫丸共々、世話をしよう。えりんぎ」
「ぎゃー(エンリケだ)‼」
エリンギは若様を引っ掻こうとしているが、オレが押さえつけているせいで届かない。
「元気だな。えりんぎ」
「ふしゃー(ワザと間違えているのか)‼」
「また増えるのか」
「変わった毛並みだが、化け物よりは、ましだろう」
エリンギを見た足軽たちはヒソヒソ話をしている。
「では、次の城を攻め落とすぞ」