猫と茶の湯
宇喜多屋敷の廊下にて、
「んにゃんにゃ……」
「——ンニャンニャ」
八郎いわく、明日、堺って所に行く見たいだけど、準備はしなくていいと言ったから、今日はヒマなので、寝ているエリンギのマネをしている。
お腹を見せて尻尾を振って寝ているエリンギ。それを見たオレがマネをする。ただ、それだけだ。
でも、寝てる時は可愛いんだよな、エリンギって、
「んにゃんにゃ……そこを舐めさせろ……」
「…………」
——エリンギのマネはやめた。
「猫丸ー!」
八郎が慌てて走って来た。走って来た音でエリンギは目を覚ました。
「ん? なに? 八郎?」
「猫丸! お主、茶の心得はあるのか?」
「え? 茶? 茶って?」
「茶の湯だ! 心得はあるのか、と?」
エリンギが肩につかまり、
「茶道だ。着物を着て、お茶を飲むものだ」
「ああ、それか! ニャハハハ……ない!」
「無いのか」
「普通しないよ。で、それがどうしたの?」
「し、しないのか⁉ 猫丸、実は——」
「しないのですか、参りましたね。師匠だけでなく津田殿、今井殿と言った者達も来ていると言うのに」
「はっ⁉ えっ⁉ 王の兄ちゃん⁉ なんで⁉」
「猫殿、宇喜多殿に話を聞きました。そうしたら、茶の心得があるのかわからないと言い、猫殿に聞く事にしたのです」
「王の兄ちゃん、八郎、茶の湯って重要なの?」
「そうだ、猫丸。茶の湯は我々の社交に使われ、出来ない者は恥なのだ」
「えっ⁉ そうなの⁉」
「そうです。猫殿、今から恥ずかしくない様に茶の湯を教えます」
「えー、でも、堅苦しいのは——」
エリンギが小声で、
「バカ猫、お菓子が食えるぞ」
「やります‼」
「ね、猫丸、急に……」
「…………」
王の兄ちゃんはオレではなく、エリンギを見たような気がする。
「では、猫丸。茶室に行くぞ」
「おう!」
そして、茶室前、
「えっ⁉ ここから入るの⁉」
「そうだ。入るぞ」
八郎は戸を開けて茶室の中に入った。オレは四つん這いで入った。
「入ったぞ」
八郎が掛け軸を見ている間に、適当な所に座る。
「ふにゃあ!」
エリンギは畳と畳の間に横になっている。
「どうぞ」
八郎の家来がお菓子を運んでくれた。
「おー! お菓——」
「ふにゃん!」
エリンギがものすごい速さで、お菓子を食べた。
「だー‼ オレのお菓子!」
「もう一度、お菓子を」
八郎が言って、新しいお菓子がきた。
「お菓子!」
オレは三つあるお菓子の内の二つを取った。
「ふぎゃあ!」
「八郎の分を残しているんだよ! エリンギは、さっき食べただろ!」
「しゃー(何だと)!」
「……猫丸、順番で言えば、私が一番、最初だが」
「あ、悪い」
八郎がお菓子を紙に載せて一口大に切って食べているが、オレはそのまま一口で食べた。
「……猫殿」
「おう! 王の兄ちゃん!」
王の兄ちゃんは手際よくお茶を点てて、そのお茶を八郎が優雅に飲んでいる。
「猫殿」
「あ、ああ。ところで、王の兄ちゃん」
「何です?」
「お菓子のお代わりは?」
「はあ? ありませんよ」
「ないのか。じゃあ」
残っているもう一個のお菓子を食べながら、お茶を飲んだ。
「王の兄ちゃん。茶ぁ、苦いんだけど」
「…………ね、猫丸」
「……猫殿、私は初めて見ました。お菓子を食べながら、お茶を飲む人を」
「えっ⁉ 変なの?」
「お菓子はお菓子、お茶はお茶を味わいなさい。そうしないと不愉快です」
「へー。そうなのか」
「他にも無礼な事が、まず、躙り口から入る時、拳をついて膝を滑らせて入るのに、猫殿は四つん這いで入りました。その次に畳のへりを踏みました」
「えっ⁉ いけないの⁉」
「へりをよく見なさい」
へりを見ると、変わった花みたいな絵みたいな物が描かれている。
「それは宇喜多殿の家紋です。それを踏むのは宇喜多殿に対する無礼な行為です」
「って事は、エリンギみたいに踏んじゃいけないのか!」
「そうです。皿も汚さないように懐紙に載せて、一口大に切って食べるのです」
「えー! 面倒だな! おい!」
「面倒でも出来ないと笑いものです。更に——」
「つーか。王の兄ちゃん、まだあるの?」
「猫殿、茶の湯の場では教える者の呼び方は師匠と言いなさい」
「師匠って言うの? 王の師匠」
「——猫殿。何故、私の事を王と言うのですか?」
「えっ⁉ それは……その……えっと……」
言いづらい、本当の事は言いづらい。そっくりだなんて言えない。
「まあ、いいでしょう。大体は宇喜多殿の真似をすればできますが、これからの事を考えれば、一人で出来る様になりましょう」
「そうだ、猫丸。せっかく、高山殿が教えてくださるのだ。その期待に応えるぐらいはしないと」
「……そうだな」
「でも、その前に——」
「ふぎゃあ!」
エリンギが外に出された。
「ふぎゃああ! ふぎゃああぁぁ!」
エリンギの叫び声が聞こえるが、気にせずに、
「さあ、もう一度しましょう」
「ああ!」