猫と福者(後編)
「へへへ……」
ガラの悪そうな連中は刀を抜いた。
「や……やべぇ……」
死を覚悟した、その時、
「何をしている」
「あ……」
オレの目の前に現れたのは、昨日オレに説教に説教した右近と言う人だ。
「な、何だ、彼奴⁉ 退けよ!」
「俺達は一稼ぎの最中だ!」
「武器を持たぬ人を相手に喧嘩か、呆れて物が言えん」
怯む事なく、ガラの悪そうな連中を見ている。
「さあ、去れ。今なら無傷で帰そう」
右近は堂々と言った。
「く……。逃げるぞ!」
「えっ? あ、アニキ⁉」
悪そうな連中は目をそらせて逃げ出した。
「傾奇者め、かような者しか相手にできないのか」
「あ、あの……」
この人に、オレは疑問に思っている事を聞く事にした。
「どうしました?」
「また、助けてくれましたよね?」
腰に差している刀は十字みたいな剣だ。確か、四国の合戦見学でヤバかった時に助けたのは、この人だと思った。
「四国の事ですか? 何故、あのような所に?」
「オレが連れてる猫が勝手に逃げて、それで……」
「成程、貴方は今、一人で散歩を?」
「いえ、若さ——宇喜多殿と一緒だったけど、はぐれて……」
「では、宇喜多殿にエケレンジヤまで来てもらいましょう」
「あ、はい……」
そうして、オレはそのエケレンジヤに行く事にした。
「はあー」
エケレンジヤこと南蛮寺は、寺と言うだけあって、外は寺だが、中は西洋風で、今で言う教会みたいな所で、厳かさと清廉さが印象的だ。
「惹かれましたか?」
右近と言う人は、パイプオルガンが弾いている。
——この人、かなり上手に演奏しているな。プロより上手いかもしれない。
「近習に宇喜多殿に『エケレンジヤに来る様に』と伝えました。後は宇喜多殿を待つだけだと」
「そうか……」
「どうしました?」
「あんた、宗教を信仰しているんだろ。それなのに、人殺しをしてもいいのか?」
「——主君の命令であれば、敵を殺しても罪にならないと、言っていますが、やはり、人は殺したくないと思います」
「じゃあ、なんで?」
「そうしないと、貴方は死んでいたでしょう」
「そうだけど。……オレの世界は敵や異教徒なら殺していいのが宗教だ。あんたも同じか?」
「——それは?」
パイプオルガンの手を止めた。
「オレの世界は何の罪のない人たちが、宗教の元、殺されているんだ。あんたも、そんな事しているのか?」
「——それが、貴方の国ですか?」
「いや、世界中でだ」
「そうですか。……九州では寺社仏閣を破壊し、領民に改宗を強制させる、と聞きました。その様な事をしても、真の信仰ではありません」
「……」
「私は寺社に安堵状を書いています」
「…………そうなの」
「猫殿」
「な、なんだ?」
「貴方は、何か隠していませんか?」
「…………」
「オレは未来から来た」
なぜ、この時、この言葉を言ったのか、やはりそれは、オレにとって現代に近いからだろう。
「未来? それは貴方の国の名前ですか?」
「いや、この時代の後の世だ」
「この時代の⁉」
「ああ、あんたの時代は皆、簡単に人を殺すような世界だ。オレの時代は、どんな事があっても、人を殺してはいけないんだ」
「……」
「死にかけた赤ん坊を見て見ぬふりとか、こんな世界でオレは生きれるのか。そう思うと不安なんだ」
「……そうですか。しかし、猫殿」
オレに近寄ってくる。
「私の世界の人は残酷かもしれない。ですが人は人、猫殿の時代の人と私の時代の人、人を思う心は同じですよ」
右近が首に掛けているロザリオを、オレの首に掛ける。
「猫殿、人を信じなさい。貴方が人を信じないと、貴方も周りの者も幸せになりません」
「…………そうなのか」
「いつか、わかりますよ」
「猫丸ー!」
若様が南蛮寺に入って来た。
「猫丸、帰ろう」
「ああ、帰ろう!」
「それでは猫殿。いつでも私の元に来てください。私で良ければ力になりましょう」
「ああ、じゃあな。王の兄ちゃん」
「すまない。高山殿」
オレたちは王の兄ちゃんに見送られながら、南蛮寺を後にした。
空は夕暮れになり人も減っていて、歩きやすくなった。
が、若様は早歩きになっている。
「猫丸、何かあったのか?」
「いや何も、ちょっと、いつの間にか南蛮寺に行く事になって」
「そうか、私は猫丸が失踪をしてしまったのかと思って不安になってしまったのだ」
「そんな、不安に思わなくても」
「近頃、男子ばかりが失踪する事が多いのだ。猫丸や私ぐらいの年頃の者だ」
「そ、そうか……」
「猫丸も戻って来たのだから帰ろう、夕食の時になる」
「おお! そうだな!」
若様は走り、オレも走っていくと、
「⁉」
オレは後ろから口を押えられて連れ去られ、若様から離れて行く。
『若様! 若様ぁー!』
だが、若様は気づかず、どんどん離れ、意識も遠くなる。
「なんだ⁉ ここは⁉」
気がつくと、広く極彩色の怪しい部屋だ。
部屋には見た事も無い器具が所せましと、置いている。
「こいつがそうか~!」
「ええ、そうです」
目の前には醜悪に肥え太った汚らしいオヤジとキツネのような顔のヤツと、その他数人の男がいる。
「な、なんだ、お前は⁉」
「ワシ~? ワシは大金持ちだよ~!」
「大金持ちがなんだ⁉」
「ワシは耳と尻尾の生えた左右の目の色が違う怪物がいると聞いて、汝を飼う事にしたんだ~!」
「お、オレを飼う⁉ ふざけるな! オレは若様が主君だ!」
「そんな事知っちゃいないね~! 汝はワシが飼うのだ! さあ! 言う事を聞け‼」
「ふざけるな! 誰がお前なんかの言いなりに——」
「なるのだよ!」
キツネ顔のヤツが鞭を振ろうとすると、
「やめんか! 初めての鞭打ちはワシがするのだ~!」
「わかりました。では」
「ぐへへへ……」
「くっそぉ~」
つまり、こいつらが失踪事件の犯人か!