猫と猫(前編)
「か、飼うとは、どういうおつもりで⁉」
「仮のと、言っただろう。叔父上」
「仮とは?」
「父上に会うまでの間のだ。それまで名前が無いのではいけないと思って」
「——オレ、北島翔って名前があるんだけど」
まあ、猫っ毛に大きな猫目で、猫みたいって言われるけど、まんま猫丸って? そんなこと気にせずに絶世の美少年は話を続ける。
「猫丸は父上の贈り物として連れて帰る。父上の事だ、猫丸に興味を持つだろう」
「はあ⁉ なんやそれ⁉ 帰る‼」
外に出ようとしたら、目の前に足軽たちが来て、
「若様が言っているのだぞ! 逃がさん!」
「え、ええっ⁉」
この足軽たちには、あの時みたいな殺意はないからいいけど、
「オレにだって、家ぞ——」
そういえば、スマホは圏外でオレの知ってる高松の町じゃないんだ。と言うことは、父ちゃんと母ちゃんやみんなは⁉
「こ、ここは、どこだ?」
「讃岐国だ。私達は父上の命で讃岐を征伐に来た」
「えっ⁉」
讃岐国って昔の香川県だよな? 讃岐うどんの、それに征伐って⁉
「その内の一つ、高松城を根切りにしたのだ」
高松城? 喜岡寺じゃないのか? 高松城はここじゃないだろ? あ! いや、そういえば、確か喜岡寺に高松城ってのがあったぞ!
それに、
「ね、根切りって……」
「皆殺しだ」
一瞬、血の気が引くのを感じた。あの目の前にある大量の首はあの城の兵士たちの首だ。戦って殺されて首を斬られた人たちだ。
想像すると吐き気がしてくる。それを耐えていると、
「どうかしたのか? 猫丸?」
「い、いや、なん、でもな、い」
「そうか。では、片付けが済むと各自で休んでくれ」
「「「はっ!」」」
それから時間が経って、陣中では、
「……」
オレの不安とは関係のない足軽たちは、酒を飲んで宴会している者やギャンブルをして遊んでいる者や、相撲を取っている者などがいる。
そして他にも、
「珍妙な耳と目だな」
「南蛮人に青や緑の目はいるが、こいつは両方の目を持っているぞ」
「髪型や着物も何処か南蛮の連中とは違うぞ」
わざわざ来てオレの顔見て、こんなことを言う人たちはまだいい、大半は、
「——若様は、あんな化け物を連れて帰るそうだ」
「災いとか招きはしないだろうな?」
「若様が見ていない隙に殺すか? 逃げた事にすればわからないだろうし」
明らかにオレを殺そうと計画を立てているのがいる。やっぱり殺されるのかと思っていると、
「聞こえているぞ。お主ら」
「わ、若様……」
「勝手な事は許されない。わかったか」
「わ、わかりました……」
そいつらは去って、オレと若様が残り、オレに近づいてくる。
若様って呼ばれているだけあって身のこなしの一つ一つが優雅で見とれてしまう。
「…………」
「猫丸」
「……ありがとう。礼を言う」
「私は言われるような事はしていない。ただ、猫丸を助けただけだ」
「……」
「猫丸、食事だ」
「食事って⁉」
若様の手には生のアジがある。アジをオレの口の近くに持っていき、
「猫丸、食べるのだ!」
「ちょっと待て! やめろ!」
「何故だ? 新鮮なアジだぞ?」
「せめて、刺身か焼き魚にしてくれ‼」
「えっ⁉ そのままでは食べないのか⁉ 猫なのに⁉」
「オレは人だ‼ そのままでは食べない‼」
「わかった。少し待ってくれ」
若様は、別の人に渡したアジは串に刺し火の近くに置いた。火に照らされ赤く染まっている若様に見入ってしまう。
「——どうした?」
「あ! ああ、気にするな」
「ところで、人だと言っていたが、人か? 猫丸」
「ああ、家に帰れば家族もいるし、食事も出る」
「では、親兄弟は何人いるのだ?」
「じいちゃんとばあちゃんに、父ちゃんと母ちゃんに姉ちゃんだ。そして動物も飼っている」
「そうか。皆、血は繋がっているのか?」
「繋がっているけど、それがどうしたんだ?」
「いや、何でもない。もう出来たぞ」
若様が持っているアジは魚の脂が焼けたいい匂いをしている。が、一瞬あの時の高松城が燃えているのを思い出して食欲がなくなった。
「どうした。猫丸?」
「あ、いや。気にしないでくれ」
若様からアジを受け取ろうとしたその時、
「ふにゃーん」
「「うわっ!」」
どこからか、青灰色の猫が飛び上がってアジを奪って食べている。
「むしゃむしゃ……」
「あーっ! こらーっ‼ 返せ!」
猫は無視して食べている。
「猫丸も、この猫と一緒に……」
「食べるか‼」
「ふにゃーん」
アジを完食した猫は骨をくわえて、オレの近くに置いた。
「……これを食べろ、と言う事では?」
「にゃんにゃん!」
猫が置いたアジは綺麗に内蔵と骨しか残っていない。
「猫の食べ残しなんて食えるか! 他にないのか!」
「すまない。商人も帰ってしまったし、他には……、あ、あれがある!」
「あれ?」
「これだ」
若様が出したのは、太目の縄だ。
「猫丸、これは芋の茎縄だ」
「茎縄?」
「芋の茎縄は里芋の茎を縄状にして、味噌と酒と鰹節で煮込み乾燥させた物だ」
「……で、縄をどう食べるの?」
「普段は縄として使うが、食べる時は細かく切って湯を入れると、味噌汁になる」
と言いながら、アジを焼いた人に縄を渡した。
「じゃあ、味噌汁?」
「後、そのまま食べる事も出来る。——猫丸、お主のだ」
若様はオレに縄の切れ端を渡し、若様は切れ端を口に入れた。
「…………」
「……どうした?」
「……わかった」
仕方がないので食べることにした。……確かに味噌の味がする。
「父上の元ならば良い物があるのだが……今はこれで耐えてくれ」
「ああ」
もう、なんでもいいよ。
「では、早く寝よう。こっちだ」
若様が向かう先には民家らしきものが見える。が、
「若様! 入れてはなりません‼」
叔父上と呼ばれた人が目の前に塞がった。
「叔父上⁉ 何故だ⁉」
「もし化け物で無くても、敵の間者ならばどうするつもりじゃ? 若様の命が危険ですぞ!」
「しかし!」
「いいよ。オレ、外で寝るから」
「猫丸!」
「オレが逃げなきゃいいんだし、それでいいだろ」
「うむ……。ならば、いいだろう」
「……猫丸」
「まあ、逃げないから安心しろって」
「……」
「若様、行きますぞ」
オレは二人が中に入ったのを見ると、
「さて、寝るぞ」
「そうだな」
足軽たちは思い思いに寝て、笑い声はなくなり、高いびきしか聞こえなくなった。
オレは一人、家の軒下で座った。
「はあ……。今頃は警察とかに連絡しているのかな?」
腹から音が聞こえた。さっきの猫のせいで縄だけになったからな。こういう時はカバンの中にある、あの一万円の残りで買ったコンビニのおにぎりがある。それを二つ食べようとすると、
「ふにゃー」
せっかく焼いてもらったアジを食べた青灰色の猫が来た。
青灰色の猫を見れば、ものすごくかわいい猫で、普段なら抱っこぐらいはしただろうな。だが、この猫はオレのアジを食べてしまったので頭にくる。
「ふにゃー」
猫はおにぎりを見て鳴いている。
「やらんぞ。さっき食べただろ」
「それがあるのなら、出せばいいのに」
「えっ?」
この声は? 若い男の声だけど? でもここにいるのはオレと猫だけだよな?
「焼き魚もいいが、おにぎりも食べたいものだな」
まさか?
「どうした? 喋る猫が珍しいのかい? マヨイゴ」
えええええええっ⁉
「ね——ぎゃっ⁉」
「うるさい」
喋る猫はオレの頬に猫パンチをした。