猫と福者(前編)
それから数時間後、
「はぁ……。終わった……」
「そうだな……」
山里曲輪に戻ってくると、若様が走って来て、
「猫丸! 孫七郎殿!」
「おー。終わったか!」
「悪いな、生贄になってくれて」
皆、明るく言っているけど、
「生贄って、お前らが売ったんだろ!」
「悪ぃって言ってるだろぉ、だからお詫びに」
「「飲むぞ!」」
二人の手には酒があり、飲むぞを言う前に飲んでいる。
「未成年だぞ! オレは!」
「未成年? そんなの知るか。飲むぞ」
「酒の肴は……」
加藤殿が袋から出したのは……。
「芋の茎縄だ!」
それを切り刻み、口に入れていた。
「またですか!」
「ん? 何かあったのか?」
「いーえ。なんでもありません」
「それより猫丸、飲まないのか?」
って、若様! 飲んでる‼
「若様! お前、飲んじゃダメだろ!」
「何故だ? 皆、飲んでいるだろう」
「未成年はダメって法律で決まっているの!」
「未成年だか、残念だか、知らないが、飲め!」
「ふぐっ!」
オレは二人に押さえつけられ、酒の入った杯を飲まされた。すると体が熱くなり、
「わーいっ! おかわりー!」
最初の杯より多い酒を一気飲みして、
「ングング! プハー! それより誰です? あの兄ちゃん」
福島殿は飲む手を止め、
「ああ、右近の事か。あいつは高山右近と言って、南蛮宗の熱心な信者でな、高槻——」
「高槻ぃー‼」
一瞬で酔いが醒めた。これは偶然か?
「ど、どうしたんだ?」
「い、いや、なんでもないです……」
「そうか」
「と、とりあえず、オレは帰ります……」
「待て」
オレを止めたのは孫七郎殿だ。見ると興奮している。
「猫丸、その二冊の書をくれ。このくらいでいいか?」
見ると、手いっぱいの金が!
「いらねぇよ! ——はぁ。その本は、あげますよ」
「本当にいいのか?」
「ああ、姉ちゃんのだけど、持っていても仕方がないし」
「そうか、礼を言う」
「でも、どうして、そんな物が欲しいんですか?」
「書が好きだからだ」
「孫七郎殿は書を集めるのが趣味だ」
「でも、この本は持っていると末代までの恥ですよ!」
孫七郎殿は早口で、
「だが欲しい」
「わかりました、あげますよ。お金も要りません」
孫七郎殿は力強く手を握り、
「猫丸! 感謝する!」
「そこまで、感謝されるような事じゃないですよ~」
その後、オレと若様は帰る途中に、
「猫丸、実はあの書、孫七郎殿に見せようと思って持って来たのだ。だが、その前に加藤殿と福島殿に見つかって、あの様になったのだ」
「見せてみようって孫七郎殿ってワケか」
「そうだが? 猫丸、私はお主に言わずに出たのだが……」
「えっ⁉ あっ⁉ いやっ⁉ なんとなく……」
「そうか。ならばいい」
そして、宇喜多屋敷に帰宅したオレは、エリンギの元へ、
「エンリケー! ——じゃなかった! エリンギー!」
「エンリケだ! バカ猫! わざと間違えたな! しかも、お前‼ その匂い! 酒を飲んだだろ‼ 俺の分は無いのか⁉」
「ニャハハハ……ない! それよりエリンギ、南蛮宗ってなに?」
「——南蛮宗とは、一言で言えば、キリスト教だ」
「ああ、キリスト教か! いや~、南蛮宗って、姉ちゃんが言ってたんだ。戦国の世には、石や水をぼったくりの値段で売りつけ、ワケのわからん歌で洗脳する宗教団体がいるって……」
「実際の戦国時代に、それは無いぞ」
「そうなの?」
「で、何故、俺に聞くんだ?」
「いや、高山右近って人に怒られたんだ。でも、顔が気になって、写真をスマホで撮ってな。横顔だけだけど……」
エリンギに写真を見せた。
「……なるほど」
「似すぎだろ。月曜の夜中の番組に出てくる高槻市のラッパーに」
顔、同じ顔だ。一瞬、現代に帰って来たと思ってしまった。
でも、あの人……。
「違うのは、わかってんだけど、つい……なあ……。取りあえず、晩飯だ!」
「そうだな!」
夕食を食べ、眠りについた。
翌朝、オレたちは城下町を散策した。城下町はおしゃべりや売り買いする声に芸人の口上、走り回る商人がいて、にぎやかで繁盛している。
初めて見た荒廃した讃岐の村々とは大違いだ。それと、
「おー。オレの住んでる町より人が多い」
町並みや髪型、服装は違うけど、人は日曜の商店街よりも多いと言うより、夏休みに行った東京の駅に似ている。
「そんなに多いのか?」
「ああ、オレの住んでる町は東京みたいな大都市と違って、地方都市の住宅街だからな。まあ、田舎みたいなものだ」
「猫丸の町で田舎なら、その東京とやらは恐ろしいのだろうな」
「いや、そこまでは——うわっ!」
「ね、猫ま——」
急に人だまりが出来て、オレと若様は、離れ離れになった。
「見ろ! あの珍獣だ!」
「本当だ!」
「こんなところにいるとは……」
案の定、オレが原因で集まった。
「すいませーん! どいてください!」
なんとか人だまりから逃げ出して、オレは若様を探しに行く、
「若様ぁー! どこだー!」
オレが探していると、
「ふにゃ~ん!」
エリンギが飛び降りた。いつもの女だろうが追いかける。すると、
「うわっ!」
誰かにぶつかった。いや、ぶつかられた。が、
「いててて、悪い!」
取りあえず、オレが謝っておこう。
「んだぁ、このガキ!」
だが顔を見ると、毒々しい色の着物を着た、明らかにガラの悪そうな連中が!
「アニキ。このガキ、最近ウワサになってる怪物だ!」
「ああ、あれが、確かこいつはなぁ——」
何かヒソヒソ話をしている。
「そうしたら、大儲けだな」
ガラの悪そうな連中は鼻先で笑い、腕を掴もうとした。
「お、おい! やめろ‼」




