猫と本
若様の屋敷、宇喜多屋敷にて、
「あーあ」
取りあえず、オレは一人で外にいる。その理由はこれだ。
「不思議な目だな」
「見ろ! 耳と尻尾まで生えているぞ!」
「人なのか? 猫なのか?」
朝、うるさくて目を覚ますと、屋敷の前に大名から武士、町人と言った大坂中の人々が、オレ目当てに集まって来て、騒ぎになっているからだ。
そこでオレは、静かにさせるために表に出て見世物になっているワケだ。
そして、太陽が高くなった時、
「休憩だ! 休憩!」
周りの兵たちが気を利かせたおかげで、オレは何とか中に戻る事に成功した。
そして部屋に戻ると、
「あっ! 猫丸!」
若様は本を読んでいた。オレは本を取り上げて、
「あ、何をするのだ!」
「それはこっちのセリフだ。なにやってんだよ! お前!」
「猫丸の袋が開いていたので、中身が気になって見てみたら、本があったので、つい……」
「なにが『つい』だ! お前、この本、知っているのか⁉ 薄い本だぞ!」
「ああ、男色の本だろう。それが、どうかしたのか?」
「子どもは読んではいけない本だぞ!」
隠していた姉ちゃんの忘れ物である過激な無修正の薄い本をだ。
「子供って……私はもう元服を終えている。したがって子供では無い」
「十八歳未満は購入および閲覧禁止の本だぞ!」
「確かに私は十八歳ではないが、猫丸、あの本も十八歳未満は読んではいけないのか?」
「あの本?」
若様が指さした方向を見ると、絶叫した。
「なに読んでるんだよ! エリンギ!」
エリンギは、オレの部活の先輩から貰った欲しくないエロ本を真剣に読んでいる。
「こらー! 読むな!」
「ふにゃ‼」
本を取り上げると、エリンギは小声で、
「こんな物を持っていたのなら、最初に言え!」
「なんで言わなきゃいけないんだ!」
今度は若様がオレからエロ本を取り上げて、通販みたいなページを指さして、
「猫丸、この春画にあるイボが付いた棒みたいな物は何だ?」
「わかるか‼」
「猫丸」
「なんだよ?」
「お主は親の伽を見た事あるのか?」
若様は優しく言った。
「伽?」
「この春画で行われている事だ」
「そ、そそそ、そんなの! 見るワケねえだろ!」
「——そうか。では、猫丸」
「次は何だ?」
「お主の国も男色が盛んなのか? 猫丸も誰かとした事あるのか?」
「だからねえよ! それに、この本はオレのじゃなくて、姉ちゃんのだ!」
「猫丸の国の娘は皆、男色が好きなのか?」
「それは一部の腐がつく女子だけだ!」
「一部だけか。ああ、それと猫丸、男色と言うのは武士の嗜みだ。しないのは父上くらいだ。それに男色の繋がりは、親子は一世、夫婦は二世、主従は三世、男色は七世と、七回転生しても一緒なのだ」
「で、でも……なあ……」
「私は、お主の国について、また一つ知る事が出来た」
変なことを教えてしまった。誤解しなければいいけど。
翌日、
「ふあ~ぁ~」
「起きたか、バカ猫。ほら、お前のエサだ」
見ると、膳に載った豪華な朝食がある。それを食べながら、
「そういえばエリンギ、若様は?」
「あいつなら、お前のエロ本と薄い本を持って大坂城に行っ——」
「ぶーー!」
「こらぁ‼ 俺に汁をかけるな!」
汁がかかったエリンギが体を振りながら怒った。
「お、大坂城に、行ったの、か……」
「ああ、見せてみようと思う人物がいるから、と言っていた。が、俺は体を洗ってくる」
「だー! もう! お豪ちゃんに見せないよな!」
「お豪ちゃんなら、お豪ちゃんで、いいかもしれないな……」
エリンギのヤツはニヤリと笑っている。
「よくない‼」
急いで完食すると、単身、大坂城に向かった。
大坂城の山里曲輪まで来て、探していると、数寄屋のあたりから若様と数人の声がした。
「これが猫の国の春画か。すごいな、毛が緻密に描いている」
「生きている女の動きを止めたみたいだ」
「それから、これが——」
「なにやってんだよ! 若様!」
「ああ、猫丸! 加藤殿と福島殿に本の事を聞かれたので、見せたのだが」
「見せるな!」
「ああ、猫か! 猫って交尾は、どうするんだ? やはり、後ろ——」
「知りませんよ!」
「ん? ⁉」
加藤殿と呼ばれた、浅黒い肌で髭面の男の人は、身震いをした。
「どうした? 虎之助?」
「お、おい! その春画と書を隠せ! 来るぞ! 右近の奴が来る!」
「えっ⁉ それはまずい! 隠すぞ!」
「えっ? なんすか? 誰で——うわっ!」
エロ本はオレの懐に隠され、薄い本は後ろに置いた。
「来たぞ! 真面目な話をしろ!」
三人は槍がどうした、刀がどうしたと、話をしていると、オレたちの前に男が来た。彼を見て、オレは現代に帰って来たのかと思った。
「これは、加藤殿、福島殿、宇喜多殿、熱心ですね。武芸についてとは」
「あ、ああ、まあな」
「武士たる者、当然だ」
「そうですか、では」
その男性が去ろうとした時、以前、四国で会った文学青年、確か、孫七郎殿と呼んでた人が来た。
「帰って来た。ん?」
その孫七郎殿が、オレの後ろを見て本に気付くと、
「何の本だ?」
パラパラと薄い本を読み始めた。
「これは……。男色の本か!」
男色と言った時点で、その男性は口を一文字に結んだ。
「誰の本だ?」
明らかに声が震えている。
「それは……」
加藤殿と福島殿はオレを見た。若様は遠くを見ている。
「えっ⁉ オレ⁉ 姉ちゃんの本だぞ!」
立ち上がった時、懐に隠したエロ本が落ちた。
「あ! こ、これは……」
完全にヤバいのがわかる。
「成程、羽柴殿と貴方は来なさい」
「え、ええっ⁉」
「俺もー?」
「そうです」
オレと孫七郎殿は連れて行かれて、二人まとめて、どうしてエロや男色がいけない事なのかを説教された。