猫と対面
御対面所って所にて、オレは手ぬぐい一枚で隠している姿だ。
オレの隣に若様とエリンギが座って、右にはオレを追いかけまわした二人と、オレを捕まえた二人が座っている。
そして目の前には、長い袖の派手な柄の着物を着た、見るからに偉そうにしているネズミっぽい貧弱な人と、綺麗な色合いの着物を着た美しく優しそうな、その奥さんらしき女性が座っている。
「え、えーっと……」
「そう、膝を折らんでもよい」
「えっ?」
若様がこっそりと、
「猫丸、そんな姿勢はしなくてもいい。周りを見るのだ」
「あっ……」
見ると全員、胡坐みたいだが、膝が床についている。それに奥さんらしき女性も片足を立てて座っている。オレも、それに見習って胡坐みたいな座り方で座る事にした。
「それにしても、八郎が言うのが遅かったら、骸が土産になっていたからのう」
「まあ、なんとか無事で」
「オホン。余が大坂城の城主である藤原秀吉じゃ」
「あれ? 藤原? 若様って宇喜多じゃ?」
「そうだが、私は猶子だ」
「猶子?」
「上様の子として、養って貰っているだけだ。だから血の繋がりは無いし、相続する権利も無い」
「そうなのか」
だけど秀吉? どこかで聞いた事あるような無いような?
エリンギが白い目で見ている。
「傷一つ無くて良かったのう」
「そうですね。秀吉さ——」
「無礼者ぉー‼」
女性にも見える男性が抜刀して、ものすごい剣幕でブチギレてしまった。
「な、なにか悪い事したのー‼ 若様、オレ、悪い事言った?」
「ああ、猫丸。物凄く無礼な事を言った……」
女性にも見える男性は顔を赤くしたまま怒鳴りつける。
「上様! この無礼者を打ち首に!」
「佐吉、よい。許してやれ」
「し、しかし……」
「このくらいで怒るようでは天下人になる人の器では無いわ」
女性に見える佐吉と呼ばれた人は無表情で刀を収めた。
「オレ、なんで殺されかかったの?」
顔を白い布で隠した人物は、右手を口らしきところに当て、左手を右肘に当て、笑うように説明しだした。
「ほほほ。そなたは上様の諱を言ったのだよ」
「諱?」
「諱とは本来の名で、その諱とは別に通称と言うものがあり、目上の者に諱で呼ぶのは、この上無い無礼な事、だからと言って目下でも呼ばれては不愉快なもの、そいで普段は皆、その名で通す。だが、官職を得た者は、その官職名を使うのが礼儀。僕の場合は大谷が氏、官職は刑部少輔、通称は紀之介、諱が吉継。まあ、官職がある者は官職で、無き者は通称で呼ぶとよかろ」
「名前なのに、こんなにムズいとは……」
「猫丸の国は諱とか無いのか?」
「諱って無いよ。そんなもん」
「無いのか! お主の国は不思議だな」
「不思議って……」
「——それにしても不思議なのは、これだろう」
「ああ、これだな」
佐吉と呼ばれた人以外が、オレの後ろに集まりだした。オレのアレを触るために、
「これ、柔らけぇな」
「猫丸、これを見られるのが嫌だから隠していたのか?」
「ほほほ。珍しきこと」
「俺は初めて見たぞ。耳があって、左右の色が違うだけでは無く、尻尾が生えている人なんて」
オレのお尻の上には三十センチくらいの尻尾が生えている。骨は無いが筋肉と血管と神経があり動かす事が出来る、れっきとした体の一部だ。
父ちゃんやじいちゃんには尻尾が生えていて、その遺伝でオレも尻尾が生えているのだ。
「おやおや、動いていますね」
「まっこと、興味深い!」
「おい、治部! 触らないのか?」
「誰が怪物の尾なぞ!」
佐吉と呼ばれた人はそっぽを向いている。
「猫丸、お主は尻尾が二本生えていたのか」
「尻尾が二本……お! お前! なに下ネタぶっこんでるんだよ‼」
若様はきょとんとして、
「しもねた?」
「えっと、説明してはいけない事だ」
「気になる。教えてくれないか?」
「だーかーらー! 言えるか‼」
「そんな事よりも、お主」
上様が割り込んでくれて説明しなくて済んだ。
「お主には、姉か妹は居らぬか?」
「オレ? 姉ちゃんが一人いるけど」
「それは、どのような姿じゃ」
上様は身を乗り出して、オレに近づく。
「あー。それは……」
オレはカバンからスマホを取り出し、姉ちゃんの写真を見せた。
「これが姉ちゃんです」
オレによく似ている、言いたくないが美少女の姉ちゃんだ。
「おおっ! 猫と同じ目じゃ!」
「耳は無いな」
「と言う事は、尻尾は……」
「あー。生えてます」
「それは、是非見たいのう。連れては——」
「えっと……。遠すぎるので無理です」
「そうか。それは残念じゃ」
「それより、猫丸! この薄い板は何だ⁉ 指で触れると板に描かれている絵が変わったぞ!」
若様は興奮して、オレのスマホを見た。
「そなたの姉より、その板何ぞ?」
「ああ、これは——」
そんな時、エリンギが反応し、御対面所の戸が開いた。
「ととさまー! かかさまー!」
太陽のような明るさと華やかさを兼ね備えた美少女が現れると、上様とその奥さんの顔がわかりやすくデレデレになった。
「おおっ‼ 五もじ‼」
「まあ、五もじ! どうしたの?」
「お兄様が讃岐で捕まえたお人を見たくて、お豪は待ち切れずに来てしまいました」
「そうかそうか。それはすまんのう!」
「ふにゃ~ん!」
案の定、エリンギはお姫様にすり寄った。
「まあ、可愛い猫!」
お姫様はエリンギを抱っこすると、オレの前に行き、
「この方が、お兄様が捕まえたお人ですね!」
「ああ、そうだ。名は猫丸だ」
「ごきげんさま! 初めまして、猫様! お豪と言いまする!」
「あ、ああ……よろしく」
お豪ちゃんは、無垢な瞳でオレの目をじーっと見つめている。なんだか照れる。
「ど、どうしたの?」
「猫様の目は神秘的な目、お豪から見ても素敵な目でする」
「えっ?」
神秘的か。この時代に来て、良くて不思議とか言われたぐらいで、あとは珍妙や怪物や化け物だからなー。
「上様。これより、猫丸を……」
ついに、ここで見世物か……。
「うむ。猫丸は八郎、お主の物とする」
「えっ⁉」
「八郎、お主の性根は定まらぬ様だが、顔に猫丸を渡したくないと書いているぞ」
「そ、そうですか……!」
「お主が猫丸の飼い主になるがよかろう」
「は、はい! 猫丸、今から正式にその名を与え、私はお主の飼い主になる‼」
若様は嬉しそうだ。まあ、いいか。