猫と逃亡
どうすればいいんだ。
目の前は、あの二人と火縄銃を構えた兵たち、後ろを見ると足を滑らして落ちたら即死の高さだ。完全に絶対絶命だ。
「もう逃げられないぞ。逃げたら撃つぞ」
「今なら、打ち首で済ませてあげよ」
あの二人は、大声でさらっと恐ろしい事を言っている。
「打ち首って処刑だよな?」
「ああ、そうだ」
「投降しても抵抗しても逃げても結果待ってるのは死じゃねーか!」
オレがキレていると、大きな目の男性がオレに向かって、
「なお、怪物の抱いている可愛い猫の安全と待遇は、私が請け負う」
「よし、バカ猫。投降するぞ」
「オレが死ぬだろ‼」
「せっかく、俺の安全と待遇を保障すると言っているのに、お前はそれを無視するのか」
「お前だけだろ! オレの命は⁉」
「知らん」
「知らんって⁉ なんだ⁉ 知らんはないだろ⁉」
エリンギは不愉快そうに、
「——仕方ない。バカ猫、飛び降りるぞ!」
「えっ⁉」
エリンギは飛び降りた。エリンギだけ、そのままにする事は出来ないので、
「とりゃっ!」
オレも飛び降りる事にした。
「うわあ~~~~~!」
「スカイハーイ!」
「なにがスカイハーイだよ! お~ち~る~!」
気持ちよさそうに落ちていくエリンギとは違い、オレは死を覚悟して目をつむった、その時!
「⁉」
落ちるスレスレで体が止まり、緩やかに地面に落ちたのだ。
「? なんだ? なにが起きたんだ?」
上の方で声が聞こえてくる。どうやら大騒ぎになっている。
「エリンギ、ここはどこだ?」
エリンギは周りを見渡してから、
「ここは、東中ノ段帯曲輪だな」
「で、どうするんだ?」
エリンギはオレを引っ掻いてきたが、余裕で避けた。
「うわっ⁉」
「それは、こっちのセリフだ! お前のせいで俺の身の保障は台無しになった!」
「まだ言うか! お前、オレの命も考えろ‼」
「お前の命? そんなもん知るか。そんな事より俺の生活だ」
「元はと言えば、お前が勝手に動き回るからだろ!」
「女の子の匂いがしたら行くのは、猫として当然の事だろう!」
「な~にが、猫としてだ! そのせ——」
空が暗くなった。上を見ると、
「猫丸~~!」
空から若様が! ものすごいスピードで落ちてくる!
「お、お、おい! ど、ど、ど、どうしよう!」
取りあえず、下で受け止める準備はした。
「見つけたぞ~~!」
オレは何とか受け止めた。受け止めた時、一瞬、軽くなったような気がしたが、すぐに重くなって尻餅をついた。
「うおっ、と、と、と……」
「ふあ……。猫丸……」
若様を見ると、傷や埃も無く無事だ。
「若様、なんで飛び降りたんだ?」
「猫丸の声がしたからだ。それに誰かと口論になっているみたいだから飛び降りたのだ。口論の相手はもういないみたいだが」
「ははは……」
まだいるけど、そいつは不機嫌そうだ。
「それより、猫丸」
「?」
若様はオレに抱き着き、
「捕まえた!」
「わあ!」
「もう逃げられないぞ、猫丸。さあ、湯殿に入るぞ!」
「まだ言うのか! もう、いい加減にしろよ‼」
「猫丸、父上に説明して、お主の身の安全は約束した。後は湯浴みをするだけだ」
「だー、もう!」
仕方がないので、
「あっ! ブタが木に登ってる!」
「えっ! ブタが! 何処だ!」
若様が居る訳無いブタを見るため、腕を放した隙に、
「エリンギ、行くぞ!」
エリンギを抱えて逃げ出した。
「いないでは……あっ! 待て!」
オレは木に登って塀に飛び移り、木に捕まって塀に移ると、若様も何とか追いかけて来た。
「猫丸! 待て!」
「待てと言われても、待てない!」
そして、オレは塀から飛び降りた! そして、若様も追いかけて来て、飛び降りた!
「奇跡よ! もう一度!」
「猫丸! そっちは内ぼ……」
「へっ?」
見ると、オレの足元は水面になっており、遠くに見える水面にオレとエリンギと若様が映し出されている。
「「うわああああああああ!」」
そして、その後は聞くまでもない。
それから何とか、あの追いかけまわした二人にエリンギ、若様、オレの順番で救出されたオレたちは、
「猫丸、これでも湯浴みをしないのか?」
「入った!」
「いくら夏でも、風邪を引くぞ! 見るのだ! えりんぎが震えているぞ!」
確かに震えて、くしゃみをしている。
「エリンギだけ入れてやれ! 生まれてこの方、オレは風邪を引いた事がない!」
「それでも入るのだ!」
「イ・ヤ・だ!」
オレと若様が言い争っていると、オレの両腕をつかまれ、つかんだヤツを見ると、屈強な二人組が現れた。
「捕まえたぞ」
「このまま、連れて行きゃいいんだろう」
「えっ⁉ えっ⁉」
「すまない。加藤殿、福島殿」
「ちょちょちょちょ、どうするのー?」
オレは、そのまま連れてかれた。
そして風呂場に連れてかれ、若様はふんどし一枚になって、オレに言った。
「猫丸! 見ろ! 湯殿だ!」
風呂場を見ると、ヒノキで出来た、オレの知っている現代と変わらない大き目の風呂が見えた。
「猫丸! 珍しいだろう!」
「いや。普通、風呂って、こーゆーのでしょう」
「猫丸、湯殿が珍しくないのか?」
「ああ、風呂ぐらい当たり前だし」
「そ、そうなのか? ね、猫丸の国は豊かな国なのか……」
若様が驚いていると、エリンギが飛び上がり、
「あ! エリンギ!」
「ふにゃ~」
浴槽に入って嬉しそうに泳いでいる。
「えりんぎも入っている。猫丸も脱いで一緒に入るぞ」
「そーれーがー、いーやーなーんーだー!」
「どうなってるんだ?」
「たぶん、これがこうで……」
オレをつかんでいる二人組が、ベルトを外そうとしている。
「やめろー!」
ベルトは外れ、ついに……。
「よし! 次は上——」
「わあ‼」
「あっ⁉ 猫丸⁉ これは……」
ついに見られてしまった。