猫と名前
「石治部さん、姉ちゃんたちに何の用だろ?」
「父上の事だ……」
八郎は遠くを見ている。
「?」
「大方、側室だろう」
「側室って、姉ちゃんは無いだろ!」
「見かけは十分に器量よしだが」
「中身は腐だよ」
「腐とは、いったい——」
「知らなくていい事だ」
そんな時に、文を持った侍女がやって来て、
「若様、猫丸に文が届いています」
「オレに?」
文を見たオレは、その文を持って、
「八郎! ちょっと行って来る‼」
「行って来るとは、何処にだ⁉ 猫丸⁉」
送り主の屋敷に着くと、
「どしたん? 王の兄ちゃん?」
「猫殿、奥にどうぞ」
王の兄ちゃんに案内され、奥の部屋に行くと、本題を話してくれた。
「猫殿、あの者達は猫殿の姉と友と聞きました」
「そうですけど、あんまり姉ちゃんには……」
「それは、後の世の者になりますね」
「そうだけど? それが?」
「猫殿は学校で昔の出来事を習うと言っていましたね」
「ああ、歴史なあ、オレ、成績2だけど……」
「あの者たちも、猫殿と同じように習っているのですか?」
「ああ! 皆、学校で習っているよ‼」
「……では、どの程度の事を知っているのですか?」
「紅葉はオレよりマシな程度で、ブサイクとか姉ちゃんは成績いいからな。ああ見えて」
「そうですか。……猫殿よりも遥かに詳しいのですね」
「? そうだけど。それが?」
「後の世を知る者が、後や先を考えずに後の世の事を誰かに教えたら、どうなるかと思っただけですよ。それが良い方に行くか、悪い方に行くか、と」
「えっ……⁉」
「猫殿は、これから先の出来事を知らない。だが、あの者達は知っている。それを誰が知るかによって、これから先の事が良い方ならば良いのですが、悪い方向に行く可能性もあります」
「……」
「私は悪い結果になったとしても、誰も責める事はありません。ただ、他の者がどの様に思うのかは分かりません」
「……」
確かに、オレも未来を書き換えているような事しているから言えないけど、それによって不幸になった人もいるし、また増えるのかもしれないんだよな。
「猫殿。それと、もう一つ」
「なに?」
「……やはり、帰るのですか?」
「えっ⁉ あっ⁉ その……じゃあ、そろそろ屋敷に戻ります!」
オレは屋敷を飛び出した。
「…………」
帰る。確かに、オレはこの時代の人間じゃないし、運よく人は殺していない。
帰ろうと思えば、帰る事が出来る。
皆が居て、家族もいる。八郎の屋敷のメシも美味いけど、現代に帰れば、母ちゃんのメシが腹いっぱいに食えるんだ。
けど……。
宇喜多屋敷に帰ると、
「猫丸!」
「八郎。それは——」
「馬鹿猫。戻って来たか」
「おお、来たか」
「ああ、子猫だ」
「猫」
「石治部さん? 虎之助さん? 刑部さん? 左衛門さん? どしたん?」
だが、全員、何となく浮かない顔だ。
「「「「…………」」」」
「ど、どしたん? ほんとに?」
「猫、帰るのか?」
「えっ⁉」
「いや、帰るのか帰らねぇのか、気になっただけだ」
「……」
「返事は今でなくてもよい。日はあるぞよ。落ち着いてからでもよかろ」
「……はい」
「馬鹿猫、これをやる」
石治部さんは団子を出した。 なんで⁉
「考える素にはなるだろう」
「……」
皆が暗い中、八郎は明るく、
「落ち込んでも仕方がない。皆、集まっているのだ! 酒を飲むか?」
「ああ、飲もうか」
「少しでいい。その前に飲んだからな」
テンションが低い。すると、いつの間にか来たエリンギが、
「ふにゃあ!」
得意の扇子を持った猫ダンスを踊っている。それを見た全員が、
「猫……」
「猫……慰めてくれるのか……」
「俺たちが落ち込んでも仕方ねぇな! 猫に慰められる事になるとはな!」
「そうだな!」
「えりんぎ、すまない。お主に助けられた」
「ふにゃ(ふん)」
ダンスの後は宴に戻った。
宴の最中、石治部さんは、
「馬鹿猫、あの白猫の姿絵とかは無いのか?」
「ああ、ありますよ」
スマホの中にある愛猫の写真を見せると、石治部さんは嬉しそうだが、エリンギは不機嫌になる。
「馬鹿猫、この猫、雄か? それとも雌か?」
「ああ、オスですよ。この当時は二歳ですけど」
「そ、そうか。では、名は何と言うのだ?」
石治部さんの声が上ずっているが、気にせず、
「名前? ミツナリって言います」
「…………」
なぜか、石治部さんは真っ白になり、全員、黙り込んでしまった。
「……どしたん? ですか?」
「ね、猫丸」
「みつなり、と言うのは……治部の諱だ」
「三つの成りで、三成と言うぞよ」
「石治部さん。石田三成って言うんですか⁉ 初めて知った‼」
「馬鹿猫ー‼」
「いで‼」
石治部さんに鉄拳制裁された。
「猫の名は許すが、馬鹿猫は言うな‼ 後、刑部もだ‼」
「あいわかった」
「そんな~~」