猫と迷い
「……翔。私達がここに行く事が出来たのは、そんな事があったからなの」
「ブサイク、もし、その言葉が嘘なら、どうする気でいたんだ。ここは戦国の世だぞ。姉ちゃんや紅葉はともかく、ブサイクとか帰れなかったら、どうする気でいたんだ?」
「それは考えたわよ。でも、私にとっては翔が一人で怖い目に遭っていたら、それで何もしないなんて……帰れないより、翔がつらい目に遭う方が嫌よ!」
「ブサイク……」
「翔……」
ブサイクが泣き出したので、近寄ると、
「バカァッ‼」
「いで!」
また平手打ちだ。
「なにすんだ……?」
ブサイクは泣き出して、
「ずっと、この一年……心配で……ずっと……眠れなかったのに……」
「……」
「翔…………元気そうで……よかった…………」
「……」
こんなブサイクは初めてで、オレもどうしたらいいのか迷っていると、
「翔、幸せに奴隷として暮らすのよ!」
「姉ちゃん! ブサイクの前で言うな‼」
「ちなみに性奴隷なのは、ボクの方だ」
「如月‼」
弥九郎さんはツッコんだが、それ以上に王の兄ちゃんと虎之助さんの目が怖かった。
「奴隷じゃねえよ‼」
「でも、飼われているのでしょう? 飼われていないのなら、どういう関係⁉」
「うっ⁉」
確かにオレは八郎に飼われている存在だ。どう説明しようか迷っていると、
「猫丸は、私が飼っている!」
「八郎‼」
なんで言うの⁉
「だが、猫丸を泣いて心配する者がいるのなら返そうと思う!」
「えっ⁉」
「猫丸を思う者は大勢いるのだ。その者の気持ちを思えば、返すべきだろう」
「八郎……」
「いや、返さなくてもいいのよ。死んだことにしておくから、幸せに暮らすのよ!」
「姉ちゃん!」「薫ちゃん!」
姉ちゃんはともかく、
「……八郎。それでいいのか?」
「上様」「父上」
「それでいいのかと聞いておる」
上様の目は真剣な眼差しだ。だが、
「上様、オレたち着替えているのに、上様、先に服を着てください」
上様は裸踊りの時のまま、立っている。
「確かに、そうじゃな」
上様が着替えると、本題に入った。
「八郎。お主は、一族や知人の思いが分かっているのじゃろう」
「……」
「八郎としては、一族の為には返した方がいい。だが、返したくない。それが八郎の気持ちだろう」
「……」
「八郎、余が猫に会った時同様、顔に出ておる。猫を返したくないと、な」
「……」
「猫の一族よ。お主らは、今からでも猫を取り戻したいか?」
「返してほしいの」
「そうか。余にも考える期間が欲しいのう」
上様たちの会話よりも大切な事を考えてしまった。
「……ところで、姉ちゃんたちは、どうやって帰るの?」
「えーと、わからないわね。期限は三週間って言ってたけど、帰る方法は言ってないわね」
「…………」
って事は、
「帰れないの?」
「……そうね」
「そうね、って、どうするの⁉」
「考えてないわよ‼ 翔、何とかしなさい!」
「何とかって‼」
「それは、宇喜多屋敷に泊まればいいだけだ」
「えっ⁉ って事は、姉ちゃんや紅葉やブサイクらと住むの⁉」
「そういう事になるわね」
「うぞー⁉」
「猫丸、一族だからいいではないか」
「家族でも……」
「翔、三週間はいるけど、三週間後には一緒に帰ろう」
「……ブサイク」
オレたちが見つめ合っていると、紅葉が、
「三週間の間ですが、よろしくお願いします」
「あ、いや、気にしなくてもいい。私は、いつまでも居てもいいのだ」
礼儀正しくした紅葉に対して、姉ちゃんは、
「翔には、どの様な事をしても構いません。いじめるなり可愛がるなり好きにしてください」
「姉ちゃん‼」
「その様な事をする訳ないだろう‼」
八郎は怒っているが上様は、
「まあ、その間は好きにするといいだろう」
「え、ええっ⁉」
「どうした。猫丸?」
「いや……」
好きにすると、何をするかわからないのが、姉ちゃんなのに……。
「ところで、翔、本は?」
「本⁉ 本は……」
孫七郎さんを指さし、
「ここにいる孫七郎さんにあげた」
「ああ、あの本の事か」
姉ちゃんはにらみつけ、
「なに⁉ 本はどこよ⁉ 気に入っている本なんだぞ!」
姉ちゃんが、孫七郎さんにつかみかかろうとすると、
「気に入っているのか。俺も気に入っているから、今持っている」
孫七郎さんは、狩衣の中からオレが渡した薄い本を出した。
「それよ‼ それ‼ あったの⁉」
孫七郎さんが本を渡すと、
「やったわ。もう、翔はどうでもいいわ」
「姉ちゃん、オレを連れ戻しに行くんじゃ……?」
「さて、本来の用も済んだから、三週間まで待ちましょう」
「本来の用も、って」
「翔、三週間の間に一緒に帰る気になって!」
「……」
ブサイクが泣きそうな顔で真剣な目で見つめている。今まで、そんな表情なんてした事なかったから、戸惑ってしまう。
「ブサイク……」
「翔、ね」
どうしても、迷ってしまう。