猫と大坂城
オレたちは大坂城の前の大きな門の前に来た。すると硬い表情の門番が、
「宇喜多様。お入りする前に、その生き物は何ですか?」
やはり聞かれた。だが、若様は何事も無い表情で、
「これは、ち……いや、上様だ。上様の贈り物だ」
「で、殿下様のですか⁉ それは失礼しました。では、お入りください」
「では」
入れたよ。すげーな。
オレとエリンギは、若様の後ろについて行く。
「猫丸、父上は、この先にある表御殿に居られる」
「へー」
「ふにゃ~」
と、見事な表御殿に着いた、と同時にエリンギがいきなり走り出し塀を飛び越えて行った。
「お、おい。待てよ」
オレはカバンを置き、塀を飛び越えてエリンギを追いかけた。
「エリンギ、どこだ? あっ!」
「ふにゃ~ん」
「まあ、愛らしい猫」
「本当」
エリンギは、侍女らしき美しい女の子たちと楽しそうに遊んでいた。
「おい、エリンギ!」
オレがエリンギを捕まえると、女の子たちはオレを見て、
「そなたは何……きゃああああ! 耳が! 目が!」
「耳と目が人の物では、ありませぬ!」
女の子たちは涙を浮かべて、右往左往している。
「え、えっと……」
「誰か! 誰か! おらぬか⁉」
女の子たちは大声で叫び出した。
「に、逃げるぞ!」
エリンギはオレの腕の中で暴れながら、
「何故、逃げるんだ! せっかくの女の子だぞ! それも美少女!」
「お前が勝手に動くからだろ! とにかく戻るぞ!」
戻らないといけないが広くて、場所がわからない。
「どこだ? おい⁉」
適当に走って、フルダッシュで曲がり角に行くと、誰かにぶつかった。
「てて……あっ、わ、悪い」
見ると、小柄で長いまつ毛と大きな目と白い肌が特徴の女——
「何だ⁉ 汝は⁉」
性かと思えば、高めの声の男性だ。
「あ、あの……すいません!」
「おやおや、不思議な目と耳、そなたは何ぞ?」
大きな目の男性の隣から、男にも女にも聞こえる声がしたので、その声の持ち主の顔を見たが、目以外は白い布で隠していて、その目と体格を見ても性別がわからない人物がいる。
「⁉ 何者だ?」
大きな目の男性は抜刀して、オレを睨んでいる。
「えっ、えーと、逃げろ!」
このままでは、殺されるかもしれないので逃げる事にした。
「ま、待て!」
何とか二人から逃げる事に成功し、とにかく人に見つからずに逃げ、どこかの軒下に隠れた。
「はあっ、はあっ……。ここはどこだ?」
「恐らく、奥御殿の様だな。表御殿はあっちだ」
「そ、そうか……。⁉」
鐘の音がして、周りの様子を見ると、物々しい雰囲気になっている。
「いったい、何があったんだ?」
「大体予想はつくが」
侍女の少女たちが話をしながら、オレたちの前を早足で通り過ぎて行くので、興奮しているエリンギを押さえて、その話を聞くと、
「何の騒ぎじゃ?」
「大坂城内に人を喰らう怪物が出たそうじゃ」
「恐ろしや! その怪物の姿は⁉」
「耳が生え、左目が青色に右目が緑色の、人の姿をした獣じゃ。男も女も年を問わずに、生きたまま人を喰い、血をすすり、すでに何人かが殺されておるらしいぞ」
「ああ、おぞましい! 早く隠れねば!」
「治部少輔様と刑部少輔様を中心とし、その怪物を退治するようじゃ」
「早く何とかならぬものか」
侍女の少女たちが震えながら去って行くと、
「エリンギ! ヤバくね! 城の中に耳が生えて左右の目の色が違う人喰い怪物がいるみたいだぞ! 若様、大丈夫かな?」
「お前……それは本気で言っているのか?」
何故か、エリンギは白い目で見ている。
「マジだよ!」
「それはお前だ」
「そうか、オレか……って、オレ⁉ 確かに目の色は違うけど、オレ、人喰わねえぞ!」
「喰わないのか?」
エリンギは上機嫌でオレを見ている。
「わかってて言うな! エリンギ! ——しかし、なんでそうなったんだ?」
「その服が原因じゃないか?」
「服……? あっ!」
オレの制服は返り血を浴びたあの時のままだ! しかも、白いシャツだから変色した血液が目立ってしまう。
「ど、どうすれば、いいんだ? このままじゃ、オレ……」
「見世物どころか、さらし者だな。ハハハハ」
「なに笑ってんだよ! エリンギ! てめぇのせいだろ!」
「あんな可愛い女の子いて、声かけないヤツがアホだ!」
「そのせいで、オレが怪物扱いされたんだろうが!」
「それは、ここに来てから日常だろうが」
「そうだけど、それでも、これはヤバいだろ!」
すると、遠くから、
「この辺りから、声がするぞ!」
「ほらほら、見つかるぞ。バカ猫」
オレはエリンギと一緒に軒下で息を潜めた。
「ここに居らぬのか?」
「声は、この辺りから聞こえたが……」
こっそり見ると、曲がり角でぶつかった、あの二人組だ。
「何処に隠れていると思う?」
「さあ? 何処か、ね?」
白い布の人物は刀を抜き、
グザッ!
オレの真上の廊下を刺した。
「! ……」
上を見ると、刺さった刀が見えている。
あと少し、逃げるのが遅かったら、オレはあの世行きだったかもしれない。
しかも、刀を抜いたかと思うと、白い布の人物はオレが避けるたびに、隠れていた場所を刺してくる。
「ほほほ。中々上手く逝かぬな」
「やめろ。これ以上、廊下を傷つけるな。それに……」
「それに?」
「いや……」
女性にも見える男性は何か言いかけたが、気にせず白い布の人物は刺しながら、
「今出れば、命は助けるぞえ」
オレは小声で、
「エリンギ、どうする?」
「どうせ、嘘だろう」
「そうか。じゃあ、逃げるぞ!」
オレは刺すより速く、外に出て飛び上がり、屋根をつかんで駆け上がった。
「「⁉」」
屋根を走って塀に飛び移って、逃げて行くと、
「すっげぇ~な~。あれ」
見ると、黄金で飾り、虎や鶴が彫られた、青い屋根で黒塗りの見事な地上六階の、
「これ、なんだっけ? センシュ? チンシュ?」
「天守だ、覚えておけ。あと、珍種はお前だ」
「失礼なこと言うな。——でも、すげーな!」
前、姉ちゃんと丸亀の城で日本刀を見に行くイベントがあって、そのキャラクターのカード目当てで天守に連れて行かされたが、目の前にあるのは、それよりもハデだ。その天守の近くにある塀の上で天守を見ながら、
「あいつの父ちゃん、かなりの金持ちなんだな!」
「……本当に物を知らないんだな」
エリンギが呆れていると、
「⁉」
オレの近くで風を切った音がした。見ると、さっきの二人が火縄銃を構えた多くの兵を連れている。
そして後ろを見ると、約二十メートルくらいで、落ちたら確実に死ぬ高さだ。
「ど、ど、ど、どうするんだよ」