猫と帰還
「ん?」
今まで、目の前にいた敵はいない。敵たちは全員、あの船に乗っている。
「じゃあな」
船はパッと消えた。
「き、消えた⁉」
「な、何や?」
「ふにゃあ」
足元から聞こえる、この愛らしい鳴き声は、
「エリンギ⁉ 無事だったのか⁉」
エリンギは小声で、
「当然だ。簡単には死なんぞ」
「エリンギ、無事でよかった」
「見捨てようとしただろ」
「まあな」
「おい!」
オレがエリンギと再会している間、周りは驚いている。
「ふ、船は、何処に行ったんや⁉」
「そうだ。船は何処だ⁉」
「ふにゃ~あ」
そうだ。船が消えたんだ‼ どこに行ったんだ⁉
「エリンギ、大きな船があったんだけど、わかるか?」
「さあ、成仏でもしたんじゃないのか?」
「成仏って……それはないだろ‼」
「で、今までに、何が起こったんだ?」
「ああ、それは——」
エリンギに今まであった事を説明した。
「そうか。そんな事があったのか。まずは、あいつが誘拐した女子供の場所を教えてやる」
「知っているのか⁉」
「ああ、それもこれも海に落ちた時に、俺を助けていれば、もっと簡単に解決した事なのに」
「簡単に、ってどうやってだよ!」
「それは秘密だ」
「はあ……いいけど、さあ……」
「それより、飯は?」
「あっ⁉ そうだ。弥九郎さん。食事は——」
「……無いわ。全部、賊にあげましたから……」
「そ、そんな⁉」
「ふぎゃあああああああ(全部だったのかあああ)!」
「猫丸、えりんぎ、命が助かったのだ。食事よりも、幽霊船の騒ぎが解決した喜びを祝おう」
「そうだよな……弥九郎さん、無事だし」
「何? どういう事だ? バカ猫?」
「実は——」
エリンギに弥九郎さんの事を全て話すと、
「何ぃ⁉ あの南蛮かぶれが死ぬチャンスだったのか⁉」
「チャンスって……とにかく死にかけたんだ」
「くそっ‼ 俺がもっと遅かったら、あの南蛮かぶれのみじん切りが見れたのか‼ くそっ‼ 惜しい事をした‼」
「エリンギ、お前、弥九郎さんが嫌いでも、みじん切りなんて、よく言えるよな」
「ん? 細切れがよかったか?」
「そういう問題じゃねえよ」
「猫丸、えりんぎは恐ろしい事を言っているのはわかるが、あそこにも恐ろしい者がいるぞ」
「恐ろしい者?」
その恐ろしい者がエリンギの首を掴み、
「キクラゲ、いい覚悟だな。ボクが皆に猫のハンバーグをご馳走してやろうか?」
裸エプロンの如月が包丁を持って、エリンギに向けている。
「やめろ、如月! 可愛い猫に対する残酷な所業だな‼」
「キクラゲ、中身はクズだろうが」
「ぬいぐるみの様に外見は可愛い!」
エリンギが焦っていると、
「如月、やめて! えりが嫌がっています!」
「そうじゃ、やめるのじゃ」
「かわいそう」
「震えているぞ」
お豪ちゃんたちが助けに来た。如月から救出されたエリンギはガラにもなく、お豪ちゃんの腕の中で震えている。
「かわいそうな、えり。よちよち」
「ふにゃあ……」
が、すぐスケベオヤジの顔になった。
そして、お豪ちゃんが離れると、如月は弥九郎さんの腕を組んで、
「弥九郎様、食事が無いのなら、ボクを食べます?」
「阿呆、解決したんで上様に報告や!」
「上様に報告⁉ って事は上様も……」
「知っていました。儂が上様に報告した事や。……そしたら、坊ちゃまと猫さんを行かせろ、ってなったんや」
「上様、またオレたちを……」
「だが、父上にとっては予想していなかった事が起きたが、小西殿、どの様に説明するつもりだ?」
「ああ、姫君達が来た事やろ。まあ何とか、はぐらかします」
「お豪は怖かったけど、お兄様の活躍が見る事が出来て楽しかったでする!」
「妹たちも大事は無いし、船に乗ったし、楽しかったぞ!」
「幽霊と仲良くなれなかったのは残念だが、良しとしよう」
お初ちゃんだけ、遠くを見て、
「お魚……新鮮なお魚が残念でした……」
「お初……」
「魚やったら、帰ってからご馳走したる!」
「「本当⁉」」「ふにゃ!」
「猫丸、お主まで」
「ああ、ほんまや!」
「わぁい! 嬉しい……」
「魚ー!」
オレたちが喜んでいると、如月は弥九郎さんの腕を組み、甘い声で、
「弥九郎様、覚えています? 七回目……」
「何の事や?」
「え?」
如月が目を白黒していると、お茶々さんが、
「しないのか‼ 男に二言は無いじゃろう!」
「ならば、上様に言いましょう」
「皆、傷物にされた、と言おう! 勿論、お豪殿も!」
「? わかりました!」
その言葉を聞いた弥九郎さんは一気に生気が抜けて、
「……覚えとる……。したる……」
「やったわ! ありがとう!」
如月は上機嫌だが、それと対照的に弥九郎さんは元気が無い。
「小西殿……己の行いだ」
「うん」
「ふにゃあ!」
「お兄様! 猫様! 見て下さい!」
「どうした?」
「なになに?」
「大坂の町が見えてきました」