猫と出航
如月は相変わらずくっついたままで、弥九郎さんは話だした。
「猫さん、坊ちゃま、この海にまつわる怖い話をしましょうか?」
「怖い話?」
「せや、猫さん。幽霊船って知っていますか?」
「幽霊船? 知ってるけど、それが?」
「ゆ、幽霊船だと‼」
八郎はオレに抱き着いてガタガタ震えている。
「八郎、驚きすぎだよ」
「幽霊船だぞ! 驚くなと言う方が無茶だ‼」
エリンギが肩に乗り小声で、
「まあ、幽霊の類いは本気で信じていたからな」
八郎を見ると、まだ震えている。
「八郎、妖が出ているマンガ見ただろ。そん時は嬉しそうに見ていたし、八郎のいとこが死んだ時だって震えていないじゃないか」
「あの様な、愛らしい妖なら怖くはない! それに骸だけなら平気だ‼」
「八郎……」
「話を続けて、最近、見慣れぬ異国の船が現れて、中から幽霊が出てきては、島々で悪さをしているんや」
「な……⁉」
「悪さ? 悪さって?」
「奇天烈な着物を纏った幽霊が人を殺し、金品や食料だけでなく、女子供も連れ去って行く幽霊達や」
「ひ、人を⁉」
「恐ろしいでする‼」
「か、帰るぞ!」
「せやから、姫様達、一旦帰るんや」
涙目で八郎が、
「ゆ、幽霊が人を……お、おぞましい! そ、それでどの様に人を殺すのだ?」
「……八郎」
震えながら聞くなよ。
「剣や銃を使って殺してるんや」
「剣や銃って……本当に幽霊かよ⁉」
「それは分かりまへん。ほんまもんか偽もんか調べてみんと分からんって事や」
「「「「「「…………」」」」」」
「さあ、一旦帰り——」
「幽霊と友達になりたいから行く‼」
「江ちゃん! なにを言ってるんだ‼」
「幽霊がいるのだろう。それは興味深い事だ! ぜひ、連れて行ってくれ!」
「えっ⁉ ええっ⁉」
「於江が残るなら、妾も……」
「私も二人を置いていく訳には……」
「そ、そんな‼」
「帰るんや‼ 幽霊と仲良くなったら祟られるだけや‼」
「祟られるのなら、祟り返せばいいだけだ」
「な、何やと⁉」
「まあ、妾らには如月がいるからのう、大事は無いはずじゃ」
「そ、幽霊退治したら、一回ね」
「阿呆か‼」
お豪ちゃんも何か考えてから……。
「お豪もお兄様と猫様の活躍が見たいのでする‼ お豪も残ります!」
「そ、それは危険だ‼ お豪を危険な目に遭わせる訳にはいかない!」
「でも……お豪もお兄様や猫様の活躍を見たいのでする!」
「想像だけでええんや‼ せめて、貴女様だけでもお帰りに——」
「ふにゃあ」
エリンギがお豪ちゃんの体をスリスリしている。
「えり……お豪は、えりが守ってくれます。もし降りろと言うのなら、ととさまに邪険にされたと言いつけまする!」
「何やとおおぉぉ‼ では、降りなくても構いません‼」
「嬉しいでする!」
お豪ちゃんは笑みを浮かべて嬉しそうにエリンギを抱っこして、
「えり、お豪を守ってください! ——お兄様、猫様、心置きなく戦ってください」
「ふにゃあ!」
エリンギはりりしく言っているが、八郎は、
「だ、だが……」
「八郎」
「……わ、わかった」
今の八郎とエリンギに守れるのか?
「お、お豪、お豪は私が守る。危なくなったら私の側にいるのだ」
「オレも守るぞ」
「はい!」
皆、わいわい言ってると、生気が無い弥九郎さんが如月の前でへたり込み、
「如月、姫様達を守ってください……儂、何でもしたる…………」
「本当! じゃあ、七度目!」
「ああ……七度でも十度でも構わん……」
「約束よ! やったぁ!」
それにしても、
「エリンギ。なんで弥九郎さん、落ち込んでいるん?」
「秀吉お気に入りの姫君達、特にお豪ちゃんに、ほんのちょっとでも怪我させてみろ。小西家は改易どころではないぞ。……くくく」
「嬉しそうだな。エリンギ」
「猫丸。お豪を守るぞ」
「そうだな」
「行きましょうか? 幽霊船に」
弥九郎さんは、いつの間にか立ち直っており、オレたちの側に来ていた。
「姫様たちは如月がおるからいいとして、お豪ちゃんもオレたちが守るし、幽霊船は弥九郎さん一人で調べて——」
「そ、そうだ! 小西殿、一人で調べるのだ‼」
「猫さん、家臣も連れて来ております。儂だけで行く訳ないやろ。それに猫さんと坊ちゃまも一緒に行くんや」
「オレらも幽霊船の中に行くのか」
「わ、私も行くのか⁉ 私はお豪を——」
「まあ、心配はいらんで、坊ちゃまは儂が守ったる」
「えっ?」
「……猫さん。手足の一、二本無しなっても、恨まんといてや」
「いやいやいやいや! それはムリだ‼」
「猫さんの猫は……知らん」
「ふぎゃあ(何だと)!」
エリンギは得意のライダー……ならぬエリンギキックをしたが、弥九郎さんは軽く避けた。——が、エリンギは勢いよく飛んだため、見事、狭間を抜け、船の外に出て、
「ふにゃあああああ!」
ポチャンと音がして海に落ちた。
「エリンギ!」「えりんぎ!」
落ちてしまったエリンギを救出しに行こうと思い、狭間を掴んで板を登ろうとすると、弥九郎さんに肩を掴まれ、
「猫さん、坊ちゃま。祈るんや」
「でも……」
「猫さんの猫がインヘルノに行ける様にや……」
「弥九郎さん……」
インヘルノ……それは地獄。
「キクラゲの事よりも、いいわね。弥九郎様に守ってもらえるなんて」
如月の声は、普段の甘い声だがその中には、どこかトゲがある。だが、すぐ甘い声に戻り、
「ねえ、弥九郎様。ボクも危ない目に遭ったら、助けてくれる?」
「阿呆。自分、身ぃ守れるやろ。何で儂が如月を——」
「まあね。だけど、一回ぐらいあっても、いいんじゃないの? それとも何? 男色の相手として——」
「阿呆! それはないわ! ボケェ‼」
「あらあら、怒られちゃった……」
如月は離れて女の子たちと会話をした。
そして、弥九郎さんを見ると、
「——約束や」
「えっ?」
小声で、そんな事を言ったのかもしれない。
それから穏やかな風に乗り、船は順調に進み、
「もう少しで幽霊船も見えてきます。場所は豊島の所や」
「豊島?」
「小豆島の近くの島だ」
「そっか」
更に船は進んで行き、
「見えたで、あれが幽霊船や」
「き、来たのか⁉」
「これが、幽霊船か……」