猫と船上
こうして、オレは船に乗り、海を渡っていた。
雲一つ無い青空よりも濃い青色の海も、太陽の光が当たって、キラキラと宝石のように輝いている。
オレたちは、その海を進んでいた。
「おお! 海‼」
「猫丸は、海を見た事は無いのか?」
「いや、海も船も珍しくないけど、こういう船、初めて乗ったから、嬉しくなって、つい……」
オレ達が乗っているのは、大きな木製の船だ。現代では、この大きさの木の船なんて乗れないからな。
「そうか? この船は関船と言う、船だ」
「関船って言うのか」
「ああ、元々は関所の番船として、作られたのだ」
「へえー。——ところで若様、ドコ行くの?」
「大坂だ」
「大坂?」
エリンギが肩に乗り、
「今の大阪だ」
「大阪か。大阪なら小学校の修学旅行で行ったことあるぞ」
「行った事があるのか⁉」
「ああ! バスに乗っている時に、ゲーム会社が見えたのが印象に残っているぜ!」
「げーむがいしゃ?」
「あ、いや、こっちの話」
「そうか、これから父上の元に参る。が」
「が?」
「猫丸。その着物、着替えろ」
「いやー。ちょっとムリ、服ないし」
オレが着ている制服は、血が付いて色も変色している。こういう時に限って、その日に体操服とか持って帰ってないんだもん。
「着物なら、私の着物をあげよう」
「だから、いいって」
「よくない! それに体も洗っていないじゃないか!」
「いいじゃねえか!」
体を洗ってやるって言うんだぞ! 絶対にイヤだ!
「猫丸、父上に会うのだぞ! 身なりを整えないと」
「だからいいって!」
オレと若様は追いかけっこになった。
「ねーこーまーるー!」
「イヤだー!」
「何が嫌なのだ⁉ 私の着物が嫌なのか⁉」
「着物がイヤじゃない‼ 一緒に風呂に入ることだ‼」
「何故、嫌なのだ⁉ 私が嫌いなのか⁉」
「いや、嫌いじゃないけど」
「ならば、湯浴みぐらい出来るだろう!」
「だーかーらー! それが出来ないんだってば!」
それから更に数分間、追いかけっこして、お互いに走り疲れ倒れると、
「猫丸……。もう、そのままでいい……」
「ホントか……」
「ああ……。父上の前で体を洗えば、いいだけだ……」
「それはそれで、イヤだ!」
「そうでもしないと、お主の体を洗えないからだ」
「っ、たくっ」
オレが立ち上がると、すぐ近くに緑豊かな大きな島が見えた。
「あ……」
「どうした?」
若様も立ち上がり、その大きな島を見た。
「なあ、ここって……」
「淡路島だ」
「……そうか、淡路島か」
淡路島なら、アレがあるはず、それなのに無い。
「なあ、淡路島ならここに橋は……」
オレは海を指さし、若様に聞いてみたが、ニッコリ笑い、
「何を言っているのだ? そんな橋なんて、ある訳無いだろう」
「そう……だよな」
ここに、昔通った明石海峡大橋があるのに、ここには無い。それが、オレは過去の世界に来たと、身に染みて感じさせる。
「猫丸、お主の国には海を渡る事が出来る巨大な橋があるのか?」
「あ、ああ、あるぜ! 島と島を繋ぐ橋が!」
「すごいな。猫丸の国は不思議だ。だが、猫丸」
「なに?」
「島と島を繋ぐ橋があっても、月まで行けまい」
「月にか? 行ったぞ!」
「な、何⁉ 猫丸‼ お主、月にまで行ったのか⁉」
「オレは行ってねーよ。オレたちの世界じゃ、月より先にある火星を見る事だって出来るんだぜ」
エリンギがオレの足をつついて、小声で、
「俺の時代は、月や地球どころか冥王星も無くなり、人類は人口惑星で生活している」
「……そうなの」
どんだけ未来だよ。
「月より更に遠い物があるのか⁉ 猫丸、詳しく教えろ!」
若様は目を輝かせて、オレに詰め寄る! ま、まぶしい!
「えっと、オレ、理科2だけど、それでもいいなら説明するけど」
それを聞いたエリンギが、情けなさそうな顔をしている。余計なお世話だ。
「猫丸、教えろ!」
「えっと……」
オレは後悔した。学校に全教科の教科書を置いているからだ。夏休みしか持って帰らない教科書を持って帰ればよかった。
「猫丸?」
若様が心配そうに、オレの顔を覗き込んでいる。
「あ、いや、えっと……」
どうしようかと、思っていると、
「あっ! 猫丸! 話は後でいい。見ろ!」
「?」
見ると、立派な城と町並みがうっすらと見える。
「あそこだ。あの城に居るのだ!」
「えっ⁉ ここにいるのか?」
うっすらと見える城は、遠くからでも立派な城だとわかる。
「ああ、父上がこの城の城主だ」
「へー」
「その名も、大坂城だ」