猫と恐れ
翌日、
「猫丸‼ 大変だ‼」
「どうした⁉ 八郎⁉」
「左京亮殿が亡くなった!」
「なに⁉」
昨日はオレを殴ってたのに⁉
「いったいなんで?」
「……殺されたのか」
「のか? いったいなんだよ⁉」
「それが、人の仕業なのか異形の者か、わからないのだ」
「えっ⁉」
「とにかく見てくれないか。話はそれからでもいいだろう」
「あ、ああ」
八郎のいとこの屋敷に行くと、
「ここが、その部屋だ」
「うっ……」
戸を開くと、腕と足の付け根から両腕と両足が引きちぎられ、首は斬り落とされている。
死体より恐ろしいのは、その顔だ。苦悶に満ち、何よりも恐ろしい表情だ。四国で見た首よりも恐ろしい表情だ。
「くっ……」
「皆、葬儀をしたいのだが、この死に方を見て、祟りか呪いかと恐れ、誰もこの部屋に入る事が出来ないのだ」
「えっ?」
「足元を見るのだ」
「あっ⁉」
足元には用心のための縄がある。
「引っかかったのなら、左京亮殿が気付くはずだ」
「避けたって事は……?」
「もし、上手くいったとしても、どの様にすれば、腕や足を気付かれずに引きちぎる事が出来るのだ。それに、この首の切り口を見ろ」
首の切り口を見ると、何度も斬ったような切り口だ。
「腕が良いのなら、一発で成功するのに、これは上手く斬っていない」
「そっか……確かに、そうだよな」
「部屋には侵入した形跡がない。血飛沫以外は傷一つ無い綺麗な物だ」
「ああ、そうだよな」
これって、八郎の言う祟りや呪いなのかな? オレの時代のマンガやドラマなら、これは何かのトリックだ‼ ——だけど、そんな言葉で解決出来るような物じゃないかも……。
「猫丸、どうするのだ。骸をそのままには……」
「……じゃあ、俺が行くよ」
「若様。ここは儂が、こんな奴でも息子です」
八郎の一言で考えるより、まずは死体を供養しないといけないから、八郎のおじさんとオレで、まずは外に出した。
その後、葬儀が行われた。
葬儀が終わった後、オレはタブレットにあるミステリーマンガを読んでみたが、
「うーん……。エリンギ」
「ん?」
「エリンギ、これってやっぱり、祟りや呪いかな? 見た目は子供、頭脳は大人の小学生探偵やIQ180のじっちゃんが有名な探偵のマンガを読んで見たけど、なーんか、これじゃないんだよなー」
「そんなのでわかるか?」
「うん……。でも……あんなに苦しんで死んだんだよな。それが人なら、オレはそいつを許さない!」
「なぜだ?」
「平気であんな事するんだ! 普通の人はあんなに苦しめる事なんて出来ない‼」
「……」
「そんな悪いヤツ、オレが——」
「殺すのか?」
「⁉ 殺さねえよ‼」
「そうか。もし殺したら、そいつと同じ奴になるぞ。それに」
「それに?」
「そいつ、結構いいヤツかもしれないぞ、後の憂いを払ったいいヤツだろうな」
「……なんで、エリンギが肩を持つんだ?」
「別に持ってはいないが」
「猫丸、いいか」
元気のない八郎が部屋に入って来た。
「……猫丸、明日から大坂に戻るぞ」
「あ、ああ、そうだったな」
「猫丸」
「どしたん?」
「人はいずれ死ぬのだ。激怒しても左京亮殿は帰って来ない。その心だけでも左京亮殿は救われるだろう」
「……」
聞いていたのか。
「猫丸、お主の気持ちは叔父上にも伝えよう」
「……」
翌日、
「猫の兄‼」
「猫のアニキ!」
「猫の兄ちゃん!」
見送りに、あの三人組が来た。
「おう! お前ら、しばらく会えないけど、元気でやってろよ!」
「勿論!」
「わかってる!」
「私たちは元気よ!」
「じゃあ、またなー!」
三人は手を前後に振って、
「また会おう!」
「またなー」
「またね!」
三人組が見えなくなると、八郎が、
「猫丸。備前で友が出来たのか?」
「ああ‼ 今度は八郎も遊ぼうぜ!」
「遊ぶか……それも……いいかもしれないな……」
「あっ……」
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、八郎は寂しそうな顔をした。
そして大坂に着くと、
「大坂!」
「久しぶりだな」
大坂は相変わらず賑わっている。いざ大坂に帰ると、岡山の田舎も懐かしくなってしまう。
「猫丸、私は用がある。先に帰ってくれないか」
「? ああ、わかった」
八郎は一人、どこかに行ってしまった。
「どこに行くんだろうか?」
「どこでもいいだろ。別に」
「そうだけど……」
用がある、って言った時の八郎の表情は真剣な表情だったから、その用は恐らく何よりも大切な用なんだろうと、
「行くぞ。バカ猫」
「あ、ああ」