猫と従兄弟
ある日の夕方、
「本日はここまでだな」
「じゃあなー。猫のアニキー!」
「また今度ね」
「ああ!」
三人と遊んで、屋敷に着くと、
「八ろ——いで!」
後ろから突き飛ばされて倒れた。
「ふにゃ!」
「いててて……なんすか?」
立ち上がると、二十代前半の男が蔑むような目で見ている。
「⁉ なんですか?」
「けっ」
すぐにその場から去り、入れ替わりに八郎が来た。
「猫丸、帰って来たのか!」
「……ああ」
「どうした。元気がないな」
「いや! 夕飯は出来ているのか⁉」
「当然だ。食べるぞ、猫丸」
その夜、
「うーん」
「どうした?」
「いやあ、何か悪い事したかなって?」
「盗みとか?」
「エリンギじゃあるまいし、また会ったら話を聞いてみよう」
「何だと‼」
「——それにしても、なんだよ」
翌日、
「あっ!」
見つけた。昨日の人だ。近寄って聞きに行こうとすると、
「うおっと⁉」
突き飛ばされそうになったので、避けて態勢を整えた。
「あのー」
「……」
無視して去ろうとしているので、素早く前に塞がると、
「……何だよ」
「なんか、悪い事しました? したのなら謝りますけど」
「……消えろ」
「うっ‼」
腹を蹴られて、その男の人は行ってしまった。その直後に、
「猫丸殿、大事はないですか⁉」
八郎のおじさんがやって来て、オレの腹を見た。
「あ、ああ、平気だけど……」
「……そうですか。あやつには厳しく言っておきます」
「いやー。構いませんけど……あの人、誰ですか?」
八郎のおじさんは、少し言うのをためらい、
「あれは……儂の息子でございます」
「えっ⁉ って事は……」
「若様にとっては従兄弟になる左京亮と言います」
「そうなの⁉ じゃあ、オレ、八郎に悪い事を……」
「いえ、そんな事は。若様からは、猫丸殿の話をする時は嬉しそうに話しておられます。若様からは猫丸殿の悪い話などは聞いた事がありません」
「そっか……」
八郎……。
「ただ、あやつは若様とは折り合いが悪く、ことある事に不満や文句を言い、若様を困らせているのです」
「……」
昼頃、
「八郎、いい?」
「何がだ?」
「八郎の従兄弟に左京亮って人おるやん。その人の事、どう思っているのかな~って」
「左京亮殿か? 左京亮殿は正直すぎる故、周りを困らせるのだが、将としては有能で、私や他の者も認めている」
「八郎は嫌いじゃないのか?」
「苦手だが、嫌う者ではない」
「……なるほど」
その少し後、オレは八郎のいとこに会った。
「……何だ」
「八郎のどこが嫌いなんだ?」
「……根本からだ」
「えっ?」
「あんな公家気取りで、秀吉の言いなりになって、何も出来ない奴の下でへつらうんだよ!」
「八郎にとっては、上様は恩人だから上様の為にしているのに、公家気取りではなく武士だぞ、八郎は!」
「うるさい‼」
「ぐあ!」
顔を殴られても、言わないといけない事は言う!
「ホントに何も出来ないヤツは、誰かの為に戦う事も出来ない‼」
「やかましい!」
「うわっ!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ‼」
「く……」
殴られ続けていると、
「何をしている」
殴る手が止まった。聞きなれた声がしたので、その方向を見ると、
「は、八郎……」
八郎や八郎のおじさん、花房のおっちゃんが来ている。
「この目でしかと見たぞ、詮家。お主は大切な仲間である猫丸を傷つけた」
「う、うるさい! こいつが——」
八郎のおじさんは、うつむいて頭を振っている。
「汝を磔刑にし、骸は町に晒す」
八郎はにらみつけ、堂々と言い放った。
「⁉」
「八郎! やめろ‼ 殺さないでくれ‼」
「何故だ⁉ 詮家は猫丸を——」
「オレは、お互い仲悪くいてほしくないだけだ! お互い、良いところもあれば悪いところもあるのを理解してほしかっただけだ!」
「猫丸……」
「ですが、猫丸殿。これでは、私の気が……」
八郎のおじさんは短刀を持っている。
「もしかして、死ぬ気? 死んじゃいけない! ここにいる人たちは皆、大切な人たちなんだ!」
「……猫丸」
「?」
「磔刑は取り消そう……罰は無しだ」
「八郎!」
「おおっ……!」
八郎のおじさんは崩れ落ちて泣いている。
「猫、すまない」
「そんなワケじゃ」
「……ふん」
八郎のいとこは、気付かない内に出て行った。