猫と民
ある晴れた日、
「とおー‼」
「はっ!」
「いてっ!」
花房のおっちゃんと鍛錬をしていると、
「猫丸ー!」
「八郎」
狩装束を着て、手に鷹を乗せている八郎が鍛錬の最中にやって来た。
「若様、また鷹狩ですか?」
「そうだ。猫丸も誘おうと思い、来たのだが……猫丸、行かないか?」
「うーん。嬉しいけど、この鍛錬の後、人に会う約束があるから、悪い‼ また誘ってくれ!」
「そうか。では、行って来る」
八郎が去ると、花房のおっちゃんが、
「若様、鷹狩をするとは言わないが、あの鷹と鷹匠の数は……」
「ああ、そういえば、鷹……かなり多かったですね」
岡山に来てすぐ、八郎自慢の鷹を見せてくれたけど……。
『猫丸、どうだ!』
『は、八郎‼』
多い! かなり多い‼ 檻の中ぎっちりの鷹が! こりゃ、気の弱い人間なら、気絶するぞ!
『猫丸、これだけの鷹は、他所に行ってもいないぞ!』
『そ、そうか……』
オレたちが話していると、鷹匠がやって来て、
『わ、若様、もう、鷹の世話が出来ません……』
『成程、では、鷹匠を増やそう』
『えっ⁉ まだ……』
な、事があったな……。
「鷹狩だけではなく、茶の湯や能に……しかも、食事や着る物にまで……金のかけ過ぎじゃ」
そういえば、石治部さんが白米は贅沢だって言っていたな。白米以外でもいい物食べてるような気もするが……。
「うーん……」
「そろそろ、猫。約束の時ではないのか?」
「あっ⁉」
そうだ、約束していたんだ‼
「じゃあ、行って来る! 花房のおっちゃん、後で分けるよ!」
「期待しないで待っておる」
走って野原に行くと、
「悪い‼ 遅くなったか⁉」
「いや、遅くなっていないぞ」
「行こう!」
「そうね」
あの助けた三人組と出かける約束をしていたのだ。
「野草を摘みに行くぞ」
この三人組の背の高いリーダー格が下級武士の子、勘一郎。
「野っ草! 野っ草!」
豪農の息子で、最年少の太助。
「夕ご飯、楽しみだわ」
太助の姉の可愛い女の子、るい。
「おっし! 教えてくれ! オレは野草とか知らない」
「いいぞ!」
「とっておきの場所、教えてやる!」
「早く行きましょう!」
この三人に連れられて、野草が沢山生えている場所に来たが、オレの目ではさっぱりわからない。
「わあ! たっくさん!」
「これならば、父上も母上も……」
「いっぱい取るぞー‼」
どれを取ったらわからないでいると、るいが小川に行き、
「ああ、これは芹って言って食べられるわよ」
「そっか」
「野草を食べた事ないのか?」
「野菜は食べるけど、野草は取って食べないなあ」
「……やっぱり、大大名だから?」
「まあ、八郎の所じゃ出ないし、国ではスーパーで見た事ある程度だし、家族も面倒くさい、ってしなかったしな」
「すーぱー?」
「オレの国の市場、そこで売ってた、ってぐらい」
「そうか……若様の所では食べないのか……」
「オレがわからな——」
「宇喜多様は、軍役で大量の兵を集めたせいで、わたしたちは苦しいのよ‼ これで更に年貢とか取られたら、みんな暮らせないかもしれないのよ!」
「お、おるい……」
「……姉ちゃん」
「…………」
オレは今まで、八郎とその近くの人だけを見ていなかったのだ。岡山に来てやっと、八郎の領土の民の言葉を聞いたんだ。
「あ、ああ、ごめん……野草……取ろう」
こうして野草を取っていると、もう日が暮れて夕方になった。
「すごいな。たくさんだ」
「わーい!」
「山分けしましょ!」
「……オレは少しでいい」
「何言っているんだ。我々が力を合わせて取ったんだ。猫丸と皆で均等に分けるのだ」
「そうよ。そうよ」
「そうでないと、気分が悪い!」
「…………わかった」
分けた野草を持って、三人と別れ、石山城に戻った。
そして、予定より早く帰って来た八郎との夕食後、
「猫丸、あの山菜は美味であった」
「……八郎」
「どうした?」
「鷹狩とか控えたり軍役減らしたりしたら、どうなん?」
「猫丸、それは出来ない」
「なんで?」
「私も、上様の猶子として付き合いがある。鷹狩や茶の湯、能は上様の趣味だ。それをしなくては猶子としていられないのだ。それに……」
「それに?」
「軍役も上様の為だ。私は微力でも上様の力になりたいのだ」
「……」
そう言われると、何も言えない。
八郎も八郎で考えている事ならば、何も言えない。
翌日、花房のおっちゃんとの鍛錬の前に、
「猫よ。鍛錬の前に、昨日の野草の礼を言う」
「……あ、はい」
「元気がないな。本日は休むかのう?」
「いえ、オレの国も、オレの父ちゃん……父も会社員と言う勤めをしていて、時々、接待でゴルフと言う、玉を飛ばす競技をして、上の者の機嫌を取っています」
「それが、どうかしたのか?」
「八郎も上様の機嫌を取って、宇喜多家を存続させようと考えています。そのためには、やはり、お金があれば全て解決できますか?」
「……まあ、金があれば、大半の憂いは解消するな」
「そうですか。本日は休んでもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ、猫」