猫と掃除
「のわあああああああ‼」
大坂城で遊んでいて、天守に登ったのはいいが、足を滑らせて落ちてしまった。
「っわあ!」「ぎゃっ!」
オレの下に固めのクッションがあったため助かった。が、
「ぎゃっ! ?」
下を見ると、
「ば~か~ね~こ~」
「……石治部さん?」
クッションかと思いきや石治部さんだ!
「馬鹿猫‼ 汝と言う奴は——」
当然、説教された挙句、
「なんだよー。もーう」
大坂城の門の前の掃除をさせられるはめになった。
「エリンギは石治部さんの預かりだし、終わるまでエリンギは返さないって事だし、あーあ」
桜並木は緑色の葉に覆われており、綺麗なんだけど……。
——それにしても、掃除か。
小学校の頃、外で掃除をしていた時、
『とお!』
『やあ!』
『こら! 男子! 掃除‼』
ブサイクこと、くるみが怒ったんだよな。
オレたちが掃除の時間に、箒でチャンバラごっこをしているのを止めに来たんだよなー。
『何だよ! ブサイク! オレたちはチャンバラごっこだ! いくぞ!』
『はあ!』
『せい!』
『もう! 先生に言うわよ!』
『びーだ!』
学校でチャンバラごっこが、今、本当にチャンバラじゃなくて殺し合いをしているんだよな。
懐かしいな、あの頃が……。
「ん?」
桜門の前に籠が来た。籠の中から慌てた様に男の人と数人の従者らしき人が下りてきた。
「お主は、この大坂城の小姓か?」
「いえ、違います。誰ですか?」
その慌てている男の人は坊主頭のオジさんで、服装はロザリオに南蛮趣味の人物だ。
「儂は……おおっ! そなたも吉利支丹か⁉」
「あ! あ! いや! これは王の兄ちゃんからのもらい物で、オレ個人は信仰していません!」
「そうか……儂は殿下様に会いたいのだ」
「会いたいって、そもそも誰ですか?」
「ああ、儂は天徳寺と言うのだ。とにかく殿下様に合わせてくれないか?」
「オレに言われても……わかった。誰かに言ってみるよ。それまで、ここで座って待っていてくれないかな?」
「わかりました」
取りあえず、その人を腰掛けって言う建物に座らせ、オレは門を飛び越えて、上様か誰かを探す事にした。
本来なら、番所には兵士がいるんだけど、ちょうど今に限って誰もいない。
「誰かいないかなー」
見渡してみると、女房や侍ばかりで発言力のある人はいない。
「どこだー?」
八郎さえ見つければいいけど……ん? 悲鳴?
「ふぎゃああああああああ‼」
「えりんぎちゃーん! すりすり!」
「ふぎゃあああああああ‼」
「…………」
石治部さん。えりんぎちゃんって言って幸せそうだ。エリンギを抱きしめ、あの女性的な顔をエリンギの頭にすりすりしている。
「⁉ 誰だ⁉」
気づいた石治部さんは、普段通りの険しい顔に戻った。
「あっ! えーと……」
「ば、馬鹿猫ぉ⁉」
「あのー。石治部さ——」
「馬鹿猫ぉお‼ 掃除はどうした⁉」
「えっ⁉ えーと」
「馬鹿猫、掃除は終わったのか?」
「い、いえ。まだです。それよ——」
「なぜ、邪魔をするのだ! えりんぎちゃんと遊んでいたのに!」
「エリンギと遊ぶのは、いいんですけど……人が——」
「馬鹿猫ぉ‼ 掃除をしろ!」
相手にしてくれないなー。別の人にと思っていると、
「……ふにゃん」
エリンギは石治部さんの腕から離れ、どこかに走り出した。
「え、えりんぎちゃん。どこ行くの⁉」
エリンギが走り出した先は門の近くだ。エリンギは飛び越え門の外に出た。
「え、えりんぎちゃん?」
石治部さんが門を開けると、そこにはエリンギと天徳寺殿がいた。天徳寺殿は石治部さんに近寄り、
「あっ! あの儂は、天徳寺と言う者だが、殿下様は?」
「ん? ああ、何か用でも?」
「それは——」
何やら話をしている。
「そうですか。では、殿下様に……」
石治部さんは天徳寺殿と一緒に中に入っ——たかと思いきや、オレの近くに来て、
「馬鹿猫、掃除はもういいぞ」
「やった!」
「あと、猫! 報告した猫には菓子をやろう」
「ふにゃああん!」
「なんで⁉」
エリンギは大喜びだが、呼びに行ったのオレなんだけど、
「ふっ、俺がいなければ、いつまでも呼ばれなかったな」
「いや、呼びに行ったの、オレ‼」
「猫丸ー‼ えりんぎー‼」
聞きなれた美声が聞こえたので見ると、八郎が早歩きで近づいて来た。
「八郎⁉ 探したんだぞ!」
「猫丸、私も探したのだ」
「はあ……」
「どうした? 猫丸」
「……なんでもない」
「そろそろ帰らないか。今日は早く帰り、明日の準備をしよう」
「明日? どこ行くの?」
「明日か? そういえば言っていなかったな。明日行くのだ」
「どこに?」
「備前にだ」
「備前って? 八郎の所だよな?」
「そうだ。明日、出発する」
「備前の女に雌猫……くくく」
「……えりんぎ」
相変わらずスケベオヤジの顔だ。これを石治部さんが見たら……。
それにしても、
「そっかー。備前か……」
ん? 備前って?
その夜、寝る前にオレは、
「エリンギ、聞きたいんだけど」
「何を?」
「一つ目は天徳寺って人、誰?」
「ああ、それか。それは……正体は大友宗麟と言う、豊後国、現在の大分県だ。その豊後国の大名大友家二十一代当主だ。そして、ドン・フランシスコと言う洗礼名を持つキリシタン大名でもある」
「だから、あの時、オレのロザリオを見て言ったのか」
「一つ目と言う事は、二つ目は何だ?」
「備前ってドコ?」
オレが真顔で聞くとエリンギは呆れながら、
「……それ、本気か?」
「ああ、備前ってドコにあるんだ?」
「お前、出身地は?」
「香川生まれ香川育ち香川在住の中学二年生だ! 本来なら三年生か」
「バカ猫‼ 備前は岡山だ! 何で香川生まれ香川育ち香川在住が知らないんだ⁉」
「いや、知らん。で、岡山ってドコ?」
「呆れた……知らないにも限度があるぞ、バカ猫」
「あっ⁉ エリンギ‼」
エリンギは座布団の上で丸まって寝た。